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第35話「こうして終末は回避されました」
こうして終末は回避され、ほんとうの週末がやってきました。
ほんとうの週末とは、つまり、休日です。なにしろ魔王との戦いが一刻を争ったので、たくさんの魔法使いが休日を返上して働いていたのです。彼らに十分な休息をとらせるために、王様はこの週末をいつもより長い週末へ変えました。お城の魔法使いたちに日曜日を延長する魔法をかけさせたのです。
日曜日を延長する魔法があるのかって?
もちろんです。ここは魔法使いたちの王国ですから。
ほう、うらやましい?
そうでしょうか。日曜日を延長できるということは、月曜日も延長できるということですよ?
もっとも魔法学園の生徒にとっては心休まらない週末となりました。月曜日には魔王との戦いで滞っていた授業が一気に再開されることになったからです。
マーティン率いる部隊が地下宮殿を出たとき、地上には春の最初のきざしがあらわれていました。いつもより長い日曜日が終わっていつもとおなじ月曜日がくると王国の大人たちはまた忙しく働きはじめました。お城も魔法省もてんてこまいになりました。やらなくてはいけないことがたくさん、たくさんあったからです。
ラレデンシ工場や工房の再建も必要でしたし、魔王が消滅したあとの地下宮殿も細かく調べなくてはなりませんでした。調査隊は魔物がいなくなった地下宮殿の奥に、山の向こうにつながる使い捨て転移陣ふたつと転移ブリッジをひとつ発見しました。
魔王が消えてほっとしたのは一瞬のことで、それから一年のあいだ、王様は「はじめてのリーダーシップ」を発揮しなくてはなりませんでした。ややこしい事柄がたくさんあったのです。魂の核が眠っていた湖の島の財宝をどうするか問題をめぐって魔法省内で分裂がおきましたし(功績がある者へ分配するべき派と、お城に貯めこんでおくべき派と、未来のために投資するべき派の三つ)、戦いでほとんど役に立たなかった称号付き魔法使いを格下げし、今回の戦いで能力を証明した低い地位の魔法使いを重職に任命するという、厄介な仕事がありました。
で、これにともなう魔法省改革とか、魔法大学の学科編成や予算配分を見直すなんて仕事もありましたし、マーティンが魔王との戦いに必要だといって勝手に分解した宣告の大時計も作り直さなければなりませんでした。あ、魔法学園の学園長に公金流用疑惑が発覚したり、山の向こうの国との交流再開っていうのもありましたっけ。
王様はなんとかかんとか威厳を保ってこれらの問題を片づけていきましたが、ストレスで毎日大変な肩こりに襲われるようになりました。そのため、夜は王妃様に治癒魔法つき湿布を貼ってもらうのが習慣となりました。これぞまさしくリーダーシップというもので――コホンッ、そんな冷たい目でみなくてもいいじゃないですか。
話を戻しましょう。ええっと、魔法学園がどうなったか。
魔王と戦っていたあいだは行事が中止になったり、試験が一部変更になったりしていましたが、翌月のおわりには、無事三年生の卒業式が行われました。
そう、リチャード王子が卒業したのです。
魔王との最後の戦いに加わった王子は、学園の英雄でもありました。卒業式の日、アッシュは在校生代表として送辞を述べ、王子は卒業生代表として答辞を述べました。卒業後の王子は魔法大学へ進学しますが、次の王様になる者としてお城の役職にもつくことになっていました。
学園の生徒も教師も、みんな王子の卒業を祝福し、同時にさびしく思いました。アッシュは式の最後に、みんなの前に進み出て、王子に一輪の花を差し出しました。これは魔法学園ならではのイベントです。卒業生は在校生から、専用の温室で育てた魔法の花を一輪ずつ送られます。この花は学園を卒業した証で、枯れることなく学園の思い出を保ちつづけるのです。
リチャード王子がアッシュから花を受け取ると、他の在校生も卒業生に花を送りました。最後に学園長代理に就任したばかりのアンブローズが、卒業生への励ましの言葉を送り、式典はおわりました(アンブローズが学園長ではなく「代理」となったのには様々な大人の事情が絡んでいますが、面白くもない話なので割愛します)。
こうして三年生のほとんどが卒業しましたが、卒業できなかった者もいます。
ダスとラスのふたりです。
王国の偉大なる魔法使いが降格され、ただの魔法使いになったという話はしましたっけ?
これは息子のダスに魔王が憑依したからではありません。単に、そこまで偉大ではないと王様に判断されたからにすぎません。
ダスは魔王が消滅したあとずっと目覚めませんでした。魔王が消滅した時の魔法の余波が影響しているのだろうと、マーティンはいいました。ラスは眠りつづけるダスにつきっきりで、卒業試験を逃しました。ラスとダスは退学にはなりませんでした。その代わり自動的に留年になりました。
ダスが目を覚ましたのは卒業式の前日の朝です。
「あれ? 僕はいったい……」
隣のベッドで浅い眠りをくりかえしていたラスは飛び起きました。
「ダス!」
「……きみは誰?」
ダスは不思議そうにラスをみかえします。ゆっくりベッドの上に起き上がり、鏡をみて、驚いた表情になりました。
「きみと僕、そっくりだ! 僕は……きみなの?」
「ちがうよ。何も覚えていないんだね」
ラスは涙をこらえていました。
「きみはダス。僕の双子のきょうだいだ」
卒業式のあと、駆け足で春がやってきて、アッシュは三年生になりました。
一般生徒のあいだでは、魔王との最後の戦いが伝説のように語り継がれていましたが、ダスに魔王が憑依したことはいつのまにか忘れられていました。一時的な忘却の魔法がかけられたのです。
アンブローズのはからいでアッシュだけが忘却の魔法を逃れ、リチャード王子のあとを継いで生徒会長になりました。勉強と生徒会の仕事と、学園の行事運営で忙しい毎日を送っています。
生徒たちはアッシュがお城に招待されたり、学園長室へ出入りするのをしょっちゅう目にしました。リチャード王子の想い人であるアッシュにはよこしまな考えを抱く者も近寄ってきましたが、足もとにいるゴーレム――三つの頭をもつイヌが早々に彼らを撃退しました。
春に入学した一年生のひとりは、学園を囲む森から寮の裏手に出てきたアッシュを目撃しました。いつものようにイヌを連れていて、挨拶をすると気さくに返事をしましたが、森にいた理由は謎でした。森にはお城から派遣された調査隊がひんぱんに入っていましたが、生徒の立ち入りは制限されていました。
季節は穏やかに過ぎていきました。
いまや誰もアッシュが「燃え殻」と呼ばれていたことを覚えていません。忘却の魔法はここにも働いたのでしょうか。美貌を隠さないアッシュは生徒の崇拝の的になりました。アッシュがリチャード王子やアンブローズと親しげに話す様子が目撃されるにつれ、生徒たちのあいだではさまざまな憶測が飛び交いました。
アッシュ様とプリンスの仲は、いったいどうなっているんだろう?
アッシュ様の本命はアンブローズ先生では? 先生が特別指導をするのはアッシュ様だけだし、学園祭でふたりでいるときのアッシュ様の表情みた?
何をいう、僕は信じないぞ!
アッシュ様、卒業したら、どうするんだろう?
とても優秀だもの。もちろん魔法大学に進学されるさ。
そのあとは?
もちろんプリンスがお城へ迎えるんだ。
まさか。アッシュ様にはアンブローズ先生がいるんだから!
時間がたつのは早いものです。
魔王が消滅して一年とすこしがすぎ、ついにアッシュが学園を卒業する日がやってきました。
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