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★第四の選択★

 俺が選ぶ?  プリンスか、先生か――?  俺は息を飲んでその場に立ち尽くした。  頭の中をくるくると記憶が駆けめぐる。最初に思い浮かんだのは魔法学園に入学したとき、祝辞を読み上げるプリンスの姿をみたこと、入学試験を受けさせてくれたアンブローズ先生をみかけてほっとしたこと。最初のゴーレムの授業で成功して嬉しかったこと、魔法大会のために森の泉の土でゴーレムを作り、やっと成功したと思ったら、あらわれたのはイヌで……アンブローズ先生の修行をこなしているときも、舞踏会のバルコニーでも、イヌがいつも俺のとなりにいた。そして、ダンジョンで過ごしたひとりと一匹の夜に、何度か考えたこと―― 「センパイ、先生――俺は……」  俺は魔法学園から遠く離れた場所で、自分の力を試すことの喜びや達成感を思い出していた。学園でお金を稼ぐことに必死だった時と似ていたけれど、明日どこに行くか、何をするか、全部自分で決められる――決めなくてはならない日々だった。学園で学んだことが外の世界でどれだけ役に立つのかも、俺はダンジョンで知ったのだった。しかもあのダンジョンには古代の魔法の秘密が埋もれている。  俺は唾をのみこみ、ひと息にいった。 「俺は本当は、旅に出たいんです」  プリンスとアンブローズ先生はそろって目をまるくした。 「アッシュ?!」 「俺は山の向こうでは冒険者でした。今も冒険者ギルドの一員です。山の向こうのダンジョンにはまだ謎がたくさんあって、魔法大学で勉強しながらでも、俺はこの謎を追求したいんです。先生のこともセンパイのことも大好きだし、とても尊敬しているし、感謝しているけれど、でも……それ以上のことは考えられないんです」 「アッシュ、それは……待っていてほしい、ということかい? きみの心が決まるまで」  プリンスがたずねたが、俺は首をふった。 「ちがうんです。そうじゃない。先生もセンパイも俺の大切な人だけど」 「でも」 「リチャード王子」  アンブローズ先生が手をあげてプリンスを止めた。 「アッシュはどちらも選ばないことを選んだのだ。きみに選べと迫ったのは私たちだ。アッシュ、すまなかった」 「まさか先生、謝らないで」俺はあわてていった。 「先生とセンパイにこういわれなかったら、俺は自分が求めていることをよく考えなかったと思うんです。本当に感謝しています」 「……わかった」プリンスが唇を噛んだ。 「大学でまた会おう。僕がアッシュを想っていることに変わりはないよ」  アンブローズ先生はプリンスをちらりとみて、なだめるような笑みを浮かべた。 「助けが必要なときはいつでもいいなさい」  俺はプリンスとアンブローズ先生に頭をさげ、温室の出口に向かって歩き出した。イヌが尻尾をふりながら俺のすぐ横についてくる。  魔法大学で俺は基礎魔法学を専攻した。派手な業績とは縁のない分野だが、魔法そのものに潜む謎を追求できる地道な学問だ。大学では人にじろじろ見られることが多くて、最初はとまどったけれど、マスクで顔を半分隠すようなことはしなかった。  魔法学園の同期生の中にはプリンスとの関係を知りたがる人もいたけれど、プリンスが一度俺のことを「年下の友人」だとはっきり告げたあとは何もいわなくなった。俺はアンブローズ先生の講義もとった。キャンパスではプリンスとアンブローズ先生と三人でお茶を飲んだり、話をすることもあった。  大学生活は充実して楽しかったが、最初の休暇がはじまるとすぐ、俺は大きなザックを背負い、イヌを連れて、魔法学園を囲む森にやってきた。魔王の地下宮殿はいまや、出入国ゲートのほかに税関や土産物屋を備えた一大観光地になっている。出入国ゲートの先には転移ブリッジがあって、山の向こうの国からは観光客の他に商人や役人がやってくる。  今の時点では、王国の入国ゲートよりも出国ゲート――向こうの国の係官のいる、事実上の入国審査――の方が通るのが難しかった。山の向こうの国にはまだ魔法使いに対する偏見があって、目的をいろいろたずねられるのだ。でも俺は冒険者ギルドの一員だったし、しかも特級トレジャーハンターのジャックが保証人だったから、フリーパスで通してもらえた。ゲートの係員は頭が三つあるイヌに目を剥いたが、ギルドカードの裏に「護衛」としてイヌが載っているのをみると、納得いかない顔をしながらも通してくれた。  ゲートの先の白い道を通り抜けると俺はもう山の向こうの国にいる。こちら側はそっけないもので、冒険者ギルドの出張所があるだけだ。ほとんどの人は地上へ出るから、係員にダンジョンの奥へ行くと告げると、じろじろ見られた。 「冒険者登録はあるのか。ひところに比べると問題は少ないが、あんた小さいし大丈夫か? 襲われてしまうぞ」 「護衛がいますから」  足もとのイヌをゆびさすと係員は「そんなんで大丈夫か?」と疑わしそうな声をあげたが、頭が三つあることに気づいたとたんぎょっとした顔になった。 「右からミギー、ナカー、ヒダリーっていうんです」 「あんた綺麗な顔してるが、名づけのセンスはひどいな」  グルルルル……三つの頭が同時に唸った。係員は顔をしかめた。 「ああもう、おまえらの主人をけなしたわけじゃない、ただの感想だよ。わかったからちゃんと守れよ」  俺はザックを背負いなおし、ダンジョンの奥へと足を踏み入れた。  自分の意思で訪れたダンジョンは静けさの意味がちがった。前はいつ帰れるのかもわからなくて、寂しくてたまらないこともたびたびあったけれど、今の俺はここに来ることを選んだのだ。  俺の能力も前よりあがったのだと思う。さっそくダンジョンモンスター(みあげるほどの大きさのウサギ)に遭遇したけれど、魔王との戦いのあとではみんな可愛い獣にみえたし、イヌは即座に大きくなってすばやく巨大ラビットを追った。毛皮に傷をつけたくなかったから俺は魔法の銃弾を放ち、イヌに追いつめられたモンスターを一発で仕留めた。  ラビットの皮や爪は高く売れるし、肉は保存食になるから、その日は忙しかった。大きな荷物はザックに仕込んだ魔法の収蔵庫にしまい、汚れた地面も魔法できれいにする。ザックには便利な魔道具をいくつか入れてきたから、きっと快適にすごせるだろう。 「なんだかすごく……落ちつく……」  防御魔法つきの遮蔽幕で覆った安全で快適なキャンプで、俺はイヌのなめらかな毛皮に寄りかかるように座り、のびをした。夕食はラビットモンスターの焼肉に、骨から出汁をとったスープ、炭火で焼いた平たいパンだ。お腹はいっぱいだし、パチッパチッと炭がはぜる音がここちよくて、とても穏やかで幸福な気分だった。  イヌの首に腕をまわして抱きつこうとすると、ミギーが指先をぺろりと舐めた。俺はクスクス笑った。 「ふふふ、おまえたちはこのキャンプ、どう――あっ」  ナカーに首筋を舐められて声をあげたところにヒダリーがフンフン鼻を鳴らし、シャツの胸元に牙をひっかける。俺は前肢に体をおさえられて動けなくされ、ヒダリーは舌を器用につかって俺の服を剥がしはじめた。抵抗しようにもナカーやミギーがむき出しになった肌をぺろぺろ舐めるから、そのたびに体の力が抜ける。 「あっ、あんっ、やめ、ああんっ」  力が抜けるだけじゃない、三つの濡れた舌が俺の体じゅうを――胸の尖りや、腋の下や、おへそのあたりを舐めしゃぶり、指先から体の奥までぞくぞく感じてしまう。ついに下着を膝まで引っ張り下ろされ、肌をあらわにした俺のうえにイヌはずしっとのしかかった。三組のつぶらな眸が俺をみつめ、それぞれのひたいでラレデンシがきらめいた。後ろ足のあいだで肉色の艶を放つ光る棒が上をむいている。  イヌは俺が生み出したゴーレムなのに、どうしてこんなことになってるんだろう?  でもイヌがいたから、俺はどんなときも、なんとかやってこれた。  三組の眸が無言で語りかけた。  ホシイ。ゼンブホシイノ。 「いいよ」俺はささいやいた。 「俺でいいなら、おまえたちにあげる」  三組の眸がキラッと光って、あっと思う暇もなかった。両足をもちあげられ、裸の尻と股に舌がからみついてくる。顔や首筋、胸を舐める舌もあって、同時に肌を蠢く甘い刺激に俺はたまらず声をあげた。 「あっ、ああっ、あんっ、んっ……」  ぷるんと勃ちあがった股間の中心をぴちゃぴちゃ音を立てて舐められると、無意識に腰を前に出してねだってしまう。それなのに長い濡れた舌はすっと離れて、尻の割れ目をつつきはじめた。物足りないところを自分で触ろうとしたら、中途半端に脱がされた袖をひっぱられ、遠ざけられてしまう。 「あん、そんな……あっ……」  いつのまにか体の向きを変えられて、俺はうつぶせになって腰をもちあげ、三つの舌に下半身を愛撫されていた。お尻の中まで舌を入れられたときは一度だけピリッとした痛みがあったけれど、すぐにわからなくなった。もっと大きなものがぐいっと――奥まで――入ってきたからだ。 「んっ、ああっ、きつっ……」  息を吐きながら漏らすと、なだめるようにぺろぺろと首やひたいを舐められた。耳の裏側を弄られると背筋がぞくっとして、お尻の穴が勝手に締まる。フンッと奥を突かれたとたん、頭の芯が真っ白になった。 「あ、ああああ――」  口からよだれがこぼれてしまうけど、止められない。信じられないくらい気持ちよくて――俺の中をイヌのアレがいったりきたりするたびに、甘い衝撃でどこかに飛ばされそうだ。 「あんっ、いいっ、あっ、ううんっ」  イヌはちっとも容赦せず、俺の中を何度も突いてくる。今はきついなんてまったく感じない、もっと大きくなって、奥まで入って、俺をいっぱいにして―― 「あああああっ」  奥に熱いものがあたるのを感じた瞬間、俺は精を飛ばしていた。体の中からイヌがいなくなり、押さえつけていた力が消える。  俺は体をまるめるようにして横になった。三つの舌が俺を清めようとするかのように、いたるところをぺろぺろと舐める。快楽の余韻で溶けそうな気分だし、とてもだるかったから、俺はイヌのするままに任せた。  横になったまま両腕をのばしたとき、硬い小石のようなものがいくつか触れた。俺は何気なくひとつをつまみあげた。 「あれ? これ……ラレデンシじゃないか?」  俺はあわてて起き上がり、見守るようにうずくまっているイヌのひたいをみつめた。三つの頭にはそれぞれラレデンシが輝いている。さっきよりずっと明るくみえるのは、魔力がいっぱいまで充填されたからだ。もう一度指先のラレデンシをみる。魔力紋のない素のラレデンシだ。  いったいどこからあらわれたんだろう? まさか、生成魔法が発動した?  イヌの三つの頭があがり、三組の眸が不思議そうに俺をみた。彼らにもわからないのだ。  今は考えるのが面倒だった。俺はラレデンシをそのあたりに転がし、イヌの首に両腕をまわした。ふかふかの毛皮に体をあずけると、やがてぐっすり眠ってしまった。    *  それからどうなったかというと……。  結論からいうと、あのときのラレデンシは俺の生成魔法で生みだされたものだった。休暇のあいだ何度もおなじようなことがあって――そのたびに新しいラレデンシができたのだ。  休暇がおわるころにはラレデンシは小さな袋いっぱいになっていた。魔法の収蔵庫に入れて王国に持ち帰り、大学の設備でこっそり調べたが、どれも一級品のラレデンシだった。売ったらかなりの財産になる。  アンブローズ先生やプリンスに相談しようかとも思ったが、どんなふうにこれができたのかを話したくなくて、結局黙っていた。とにかくこれで、俺は一生ラレデンシに不自由しなくなったのだ。  魔法大学に在学中、俺は休暇のたびにイヌとダンジョンへ行って、古代魔法の気配を残す遺物を探した。ずっと昔に忘れられた魔法陣やまじないことばを記録し、人のいないところで実験して、冒険者ギルドに持っていく。ギルドでのランクは順調にあがって、やがて俺はトレジャーハンターの称号を手に入れた。  魔法大学を卒業したあとは冒険者を本業として暮らしていくことにした。ギルドで小規模な探索依頼をこなしながら、古い文献にしるされた未知の遺跡を探して何年も過ごした。広大な山地には魔法の気配が残る遺跡がたくさん埋もれていた。こちら側に魔法使いがいなくなり、魔法がなくなってしまったのが不思議なくらいだった。  ところがこの状況も、ふたつの国を人々が行き来するあいだに変わっていったらしい。 「よう、アッシュじゃないか。お? イヌの頭が増えてるぞ?!」  依頼品の納品のために町の冒険者ギルドをたずねるとジャックがいて、俺たちは積もる話に花を咲かせた。最近は人の多い場所へ行くたびにじろじろ見られるのにも慣れてしまったし、ジャックは冒険者のあいだでは相当な有名人だから、ふたりで話していると誰も近寄ってこない。それにイヌも俺の足もとにいる。 「最近、魔法使いが街にも増えてきたぜ。向こう側との交流も進んだし、魔法って便利なもんだしな。おまえも俺と会ったばかりのころ、こっそり魔法使ったりしたんだろ?」 「バレてた?」 「あの時はわからなかったが、あとで考えるといくつか思い当たることがあった」 「ジャックを助けるために使ったんだよ」 「じゃあ俺も魔法に感謝か。そういえば最近、不思議な噂をきいたんだが……」 「何?」 「新米冒険者が道に迷ったり、ダンジョンモンスターに追いつめられて困っていると、助けてくれる綺麗な冒険者がいるってさ。礼を差し出しても受け取らず、さっといなくなってしまう」  俺は深い意味もなくうなずいた。「いい話だね」  ジャックは肩をすくめた。 「いい話だろ? しかも聞いて驚け。そいつはなんと三つ頭の狼をつれているそうだ」 「え?」俺は驚いて目をみひらく。 「他にもイヌみたいなのがいるってこと?」 「まさか。何をいってるんだ」ジャックはため息をついた。 「アッシュ、おまえのことだよ。三つ頭の狼がほいほいいるわけないだろうが。どう考えてもおまえ以外にはいない」 「でもそんな人助けなんて――たまにやってるけど――噂になるようなことじゃ」 「また無自覚か。おまえの顔とその狼じゃ一度でも噂になるには十分だ。今じゃおまえ、新米には神みたいに崇められてるし、中級以上の連中はおまえにいいよりたくて仕方なさそう――」ジャックはパッとイヌを見下ろした。「おい、俺のズボンを噛むな! 俺はおまえの主人にちょっかいなぞかけん!」  噂になっているなんて。俺は肩をすくめていった。 「そんなこと思ってもみなかった。ふつうにやってるだけだし」  ジャックはまたため息をついた。 「ああ、おまえはそれでいい。これからもにやってろ」  こちら側に魔法使いが増えると、やがて魔法使いの素質を持つ子どもの噂が流れるようになった。才能ある子どもは十五歳になると山を越え、魔法学園に入学するという。  あれから何年もたったけれど、俺はあいかわらずイヌと一緒にダンジョンを旅している。王国にはたまに帰って、魔法大学の学長になったアンブローズ先生や、即位してリチャード王となったプリンスに会った。王国の重鎮にもかかわらず、ふたりは今も俺の大切な友人で、ふたりも俺をそう思ってくれるのが嬉しい。  ラスとダスにも一度会ったことがある。双子は学園を二年遅れて卒業したが、ラスは魔法大学を首席で卒業したあと魔法省でバリバリ働いているという。ダスは進学せず、魔道具職人の徒弟になったらしい。双子はもうぜんぜん似ていない。たしかに顔立ちは同じだが、髪型と話し方と性格はまったくちがう。  王国は繁栄し、帰省のたびにお城の周囲の街並みが大きくなるのがわかった。賑やかで、人がたくさんいて、珍しいものや新しい魔道具がある魔法の都だ。とても刺激になるけれど、俺が生きていく場所とは思えなかった。すぐにダンジョンと森の静けさが恋しくなるからだ。イヌも街中では思う存分走ったりできないし。  だから俺は今日も、イヌと一緒にダンジョンを進んでいる。

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