6 / 33

【6】スローライフへの伏線。

 さて、王宮へとやってきてしまった俺だが、俺の最終目標は、5歳まで過ごした母方の祖父の家に引っ込み、スローライフを送ることだ。煩わしい王宮事情と微塵も接点のない生活を俺は目指す!  そのためにはどうすればいいか。やはりあれだろう、第一案として、『病弱なので静かな土地で静養します』だろう。これならば誰も文句を言うまい。ということで、俺は6歳から9歳の間、月に一度は風邪をひいた。仮病である。  なお、6歳からは、王族の子女には家庭教師がつく。  魔術、召喚術、剣術、勉学、礼儀作法、音楽、ダンス。  当然俺は前世で全て学んだ。完璧だと賞賛された過去が懐かしい。  だが今世での俺はサボりにサボりまくった。病欠だ。  第一真面目に受けていたら教師陣より俺の方がデキることが露見してしまう。  魔術は魔力を隠しているし、召喚獣は公的にはいないことになっているから座学だけなのでまだ良い。勉強や教養もなんとかなる。  しかし一つ、ごまかすのがたいそう難しい授業があった。剣技だ。子供相手の教師だし、貴族が王族の家庭教師をしたという栄誉を得るためにかって出ているだけだから、仕方ないのかもしれないが……こいつがまた弱い。前世での俺は家庭教師を6度チェンジして最終的には本物の冒険者に生の剣技を叩き込まれた。体が覚えているはずもないのだが、なんと意識した通りに今も俺は動くことができた。そのためついうっかりすると、殺りかけてしまう……。しかし俺は剣術で頭角を表してはならないのだ。絶対にそれだけはダメなのだ。なぜならばそれもフラグだからだ。そして運命の10歳の時の武道会を無事に乗り切らなければならないのである!  そして俺は10歳になった。  この頃になると、俺は周囲の人間にヒソヒソされるようになっていた。  魔力の気配すらほとんどなく、兄とは異なり召喚獣一匹いないためだ。  ……平均的には召喚獣は十代後半くらいで召喚に成功することが多いので、俺はそれまでは絶対にラクラス以外とも契約はしないつもりである。前世ではラクラスが強すぎたため他の召喚獣とは契約しなかったのだが、やろうと思えばできる。  それにしてももうすぐ武道会だ。憂鬱である。ヒソヒソされているのはどうでも良かったが、そちらは最大の懸念材料だ。だから俯いてため息をついた時だった。 「お前達! 俺の弟になんという礼を欠いた振る舞いを! フェルはこの俺の弟なんだぞ! 今後二度と王宮への出入りを禁ずる! 第一王子の名を持って処罰する!」  その時兄がいつの間にかやってきたと思ったらそんなことを叫んだ。  ヒソヒソしていた人々が顔面蒼白になっていく。14歳になった兄は、背も伸びてきて、風格も出てきた。 「あのように下賤で心ないものの言葉に落ち込む必要はないからな」  そして兄はそういうと、俺をぎゅっと抱きしめた。何か勘違いされた。別に俺はヒソヒソとした誹謗中傷に傷ついていたわけではないのだが……。 「フェル、今日は具合は良いのか? 顔色が優れないぞ? 熱は……無いな」  俺を片腕で抱きしめたまま、兄がピトリと手で額に触れてきた。むしろ兄の手の方が熱い。なにせ俺は仮病だからな。 「ありがとうございます、兄上!」 「いつもの通りウィズで良い。敬語もいらない。フェルは特別だからな!」  兄が微笑した。  俺はいたたまれなくなってきた。これが子供ゆえの純真さなのか……。  ウィズは俺に尋常ではなく優しく育っている。前世ではこの歳の頃は、会えば互いに無視か嫌味の応酬していたものだ。この兄の変わりっぷりはなんなんだよ!  ただまぁ俺以外には兄は冷たいんだけどな。兄の家庭教師なんてすでに10人以上投獄されている。あんまりにも俺に優しいから裏がありそうで怖くなってくるほどだ。とりあえず気は抜けないな。 「ウィズも、俺の中で、特別だ!」  いろんな意味でな。まぁ特別であることに変わりは無いな。  とりあえず俺は棒読みにならないように気をつけた。  なお最近俺は、一人称をスルッと変えた。僕僕言っていたらなんだか鳥肌がたってきたのだ。生涯貫き通すのは無理だと思ったのである。「兄上の真似っこ」と言ったら周囲に微笑まれたものである。  そんな風に時は流れ、懸念していた10歳の武道会の日が訪れた。

ともだちにシェアしよう!