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第二章 彗星・5

「そんな力入れちゃ駄目だよ。血が出てる」  くいと俺の顎を上げさせ、下唇をそっと舐めたあと、光一郎は再度唇を重ねた。頭の中が翳む。もう何もかもどうでもいい、そんな気さえしてくる。  虚ろに見上げると、避けていた視線と視線がもろに交錯してしまった。 「ね、もっと教えてよ。鞍の心のことも、身体のことも」  言っている間にも相手の手は足の付け根を滑り落ち、股間に到達していた。 「ここも、ね?こんなに窮屈そうに膨れあがってる」  意識したくなかった下半身の熱に気付かされ、羞恥心が弾ける。そんな思いを知ってか知らずか、光一郎は俺の脚を自分の脚で押し開き、そのまま器用にボタンを外しファスナーを下ろした。下着の腰ゴムをわずかにずらしただけで、内側は激しく熱を帯びた肉棒の先が、完全に温まりきらない空気に触れる。ゆる、と首を横に振って拒否を試みたが、奴の手が休まることはなかった。 「下着、もう少し濡れてるよ?俺が触るのに感じてくれたんだね。嬉しいな」  ふ、と含み笑いが耳に届く。やはりただ弄ばれているだけなのだろうか。  光一郎の手先から目が離せない状態だったが、悔しさと羞恥とがこみ上げ、一度ぎゅっと瞼を閉じて落としていた頭を上げた。  再び開けて前を見ると、細く開いたカーテンの隙間から覗くサッシの暗がりに、薄く己の姿が映っている。気が付けばジーンズと下着を完全に下ろされ、露わになったそれは、恥ずかしくて消え去りたいと思う感情とは裏腹に物欲しそうに屹立し、すでにわずかながら零した雫を蛍光灯の光に反射させている。あまりにも淫猥な自分の姿にやっと我に返ってもがこうとしたが、ぐい、と腰と脚を押さえられ身動きがとれない。一見軟弱そうに見える光一郎のどこにこんな力があったのだろうかと思ったが、単に俺がそこまでこいつのことを知らなかっただけに過ぎないのかも知れない。  逸らそうと思ってはいてもつい追ってしまう俺の視線を追って、光一郎もガラス窓の方を見た。映り込んだ状態越しに目が合う。 「あそこから誰かに見られてると思う?大丈夫だよ、その向こうは塀だから」  暗く影のかかった面持ちに、もう寂しさは窺えない。むしろやけに意地の悪い笑みに見える。 「それとも、見られてる方が興奮する?案外えっちだね」  言ってくす、と小さく笑う。 「ちがっ、そ、ゆんじゃ……っ!」  尚もあがこうとしたが、そうすればするほど、目の端に映る自分の姿態は艶めかしく蠢き、抵抗する己自身を嘲笑うかのごとく快楽をねだっているようにさえ見えた。 「ねぇ鞍、俺が触れるのにもっと感じてよ」  光一郎はそう言うと、熱く固くいきり立った部分に長い指を絡める。強く弱く、巧妙に力を加えられる度、またあの恥ずかしい声が漏れてしまう。 「ぅ……っふ、ぁ……っ!」  別に泣きたいわけではないのに、頬を涙が伝う。光一郎がそれを唇で受け止める。 「鞍、イってよ、俺の手で」  俺のモノを握る手指の隙間に蜜が絡み、動かされる度ににちにちと湿った音を立てる。耳を塞ぎたくなるような淫らな音が己から溢れたものから発せられていると意識すると、余計にソコに熱が集中する気がする。  サッシガラスに映る恍惚を滲ませた自分の表情がおぞましくて、再度顔を落とせばまたしても光一郎の這い回るような指先に目が行く。見たくないのに、今度こそ凝視してしまう。粘液で濡れてぬらぬらと光り、もはや何か別の生き物みたいに見えた。それが、陰嚢から陰茎へ、微妙に顫動しつつまとわり付く。揉みしだいたかと思えば、するりと撫で上げたり。  実を言えば、俺は性交の経験が無いわけではない。が、己の性器をこんなふうに嬲られる様を目にするのは初めてだった。  しかも同じ男に、なんて。  ありえない、汚らわしい、と思いながらも淫靡な光景に取り憑かれたように注視している自分。その上、肉棒は相手の指の動きに呼応し、熱を帯び続け硬さを増してゆく。ゾクゾクと背中を駆け上る感覚も、やかましいくらい脈打つ心音も一向に治まる気配は無い。  こんな恥ずかしい事をさせられてるのに…… 「鞍のイくとこ、俺だけに見せて?ね?」  光一郎の掌が、俺の陰茎を包み直し、上下に擦り扱き始める。速度が徐々に速まっていく。ソコはもう、はち切れんばかりに硬化していた。  しゅ、と先端部まで指腹が擦れた途端 「ん……っふぁああんんンン……っ!!」  びくんっ、と一度身体が激しく跳ね上がったのを自ら感じた。凝縮された温度を一気に解き放ち、精が放出され飛び散った。 「……っはぁ……ぁ……」  自分の腹にも光一郎の指にも、白くねっとりした液体が絡んでとろりと流れる。それを目にした瞬間、まるでその白に脳内まで染められたかのように、俺は意識を手放してしまった。

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