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第三章 北極星(ポラリス)・36

「お、この店結構よさそうじゃねぇか?」  尚も見回していると、少し先を行っていた相手がつと立ち止まる。視線を追って見ると、和風の雑貨を扱う店舗があった。季節を感じさせる置物や造花、手拭いなどが並んだ飾り台の奥に、多種多様な陶磁器が所狭しとひしめいている。  中へ進むと、茶碗、箸、大皿小皿に小鉢、酒器、コーヒーカップやマグカップ。シンプルなものから凝った意匠のものまでよりどりみどりだ。 「好きなの選べ」と言われはしたが、こういうものの善し悪しなど俺には判りようがない。比較的安価な、手馴染みのよさそうな箸と茶碗を適当に見繕う。  レジに運ぼうとする俺の手から、釈七さんが奪い取る。先日の上着の件もあるのに、なんでもかんでも買ってもらうのは、と引き止めたが、 「いいから。俺に払わせてくれよ」と譲ろうとしない。  モノがモノだけに落として壊しでもしたら拙いので、諦めて手を引き、別の棚に目を遣る。と、そこに釘付けになってしまった。  切り子のガラス器が置かれた棚だった。深い赤や藍、紫、緑、無色透明。表面を細かな細工でカットされた皿や猪口、タンブラーやロックグラスが、レトロ感を演出するためか暖色系のスポットライトを当てられて柔らかく輝いていた。複雑に乱反射する様が美しくて、思わず凝視する。  どういうわけか俺は、ガラス器が好きだ。というより、こんなふうに光るものが好きらしい。アクセサリーや宝石などを身につける趣味も習慣も無いのだが、ひたすら眺めるのは好きだった。食器も例外ではなく、そう使う機会もあると思えないので手元に置きたいというわけではない。ショーケースに入って、ライトを浴びている様子を見るだけでよかった。時間を忘れ、つい見入ってしまう。  この時もそうだった。釈七さんが、俺の目線の先に気付く。 「切り子か。欲しいのか?」 「……え!いやいやいや!!」  我に返って、首を思い切り振った。 「こういうの、見るのが好きなんで……だ。綺麗だな、と思って」 「そうだな。こんなので呑んだら、安酒でも美味そうだ」  桐箱と一緒に置かれた猪口を、釈七さんが指差す。小さなものだが職人の業によるのだろう。付けられた値札には、選んだ茶碗が幾つも買えてしまうほどの価格が表示されている。 「いいよ、これも買おうぜ?」 「いやいや!で……っ、だ、からっ!」  俺は真剣に断っているのだが、その動作が釈七さんには面白く見えたようだ。くすくすと笑い出す。 「あー、さすがにこれは贅沢か。でも、こっちくらいならいいだろ?」  言いつつ別の商品を指し示した。デザート皿というか取り皿というか、多色のフラットなプレートだ。  カット面はあまり多くなく、その分値段も安い。それでも茶碗と箸を足した額をかなり上回ってはいたが。 「二枚だけ、な。どれがいい?」  躊躇はしたが、悩んだ末深紅と藍を手にした。持ち上げてかざしても、やはり美麗だ。よけいな衝動買い、と分かってはいても胸にほわりと高揚感が満ちる。  それも、釈七さんがひょいと横から取り上げた。 「いや、それは俺がっ!」 「今更何言ってんだよ。ほんと好きなんだな。いいものが見付かってよかった」  全部まとめて、さっさと会計に持っていく。  肩を落としてその後ろ姿を見つめながら、思えば光とは日用品や食料の買い物をあまり一緒にしたことがなかったな、と考える。  コンビニくらいは立ち寄ったが、あれこれ話しながらのこういったショッピングは無い。光が誘わなかったのではない。俺に、そんな余裕がなかったのだ。唯一服を見に行った思い出は、あのキルトさんとの遭遇だ。  また首を振って追い払う。もう済んだことだろうと。  それに、この三日間は釈七さんとのことだけ考えると決めた。そういう約束なのだから。  自ら言い聞かせても、ずきずきと押し寄せる痛みは抜けない。拒んだのは他でもない、俺自身なのだ。あいつともっと、色んなところに行けば良かった。もっとたくさん、話せば良かった。  けれど、釈七さんの楽しそうな顔を見るとこんな考えが頭を掠めているのでさえ忍びない。どうやったら、真っ直ぐに彼と向き合えるのか。 「んじゃ、食料品見にいくか」  袋を抱えた釈七さんは、目を逸らしたくなるほど眩しい笑顔で。  少しでも、何か応えたい、返したいという思いも募って。 「ありがと、嬉しい」  なのに今は、服の裾を摘まんでそれだけ言うのが精一杯だった。

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