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第四章 宵の明星・2
◇◆◇
慈玄が和宏に己の正体を明かしたのは、学校が新年度を迎えて間もない頃だった。
春の雨は、桜を散らす。穏やかに花見ができる時期は、そう長くない。柔らかくもとめどなく降り続ける滴が、花弁を打ち震えさせる春の宵。その夜も、慈玄は和宏を抱いた。
少年の身体は散らぬ桜のようだと、慈玄は思う。舌先で転がせば色を増して膨らむ乳首は、開くことのない蕾に似ている。香りこそしなくても、洩れる吐息はどこまでも甘い。
「ン……っ、ふ……ぁ、ん……っ!」
浴衣の襟元を噛みしめながら、和宏が声を堪える。喘ぎはやはり恥ずかしいのだという。それこそ、雨粒が花や枝を叩く程度の秘めやかさだというのに。
花弁の代わりにほころび開くのは、湯上がりのまま情事に至った滑らかな肌。同じように、薄紅色に染まる。火照ったままのしなやかな腹に舌を這わせ、慈玄は改めて問うた。
「和、嫌じゃねぇか?俺にこんなことされんの」
だが少年はいつも首を横に振り、否定を表す。
「うぅん?はずかしい、けど。慈玄がシて、くれるの……は、いや、じゃない」
消え入りそうな小声ではあるが、きっぱり慈玄に伝える。
「怖かったりしねぇのか?こういうの、とか、よ」
言いつつ股を押し開く。艶やかな丸さを保ったままの双丘の狭間に、菊門が覗く。睾丸から掌を滑らせるようにして指を沈めると、ぬちり、と湿った音をたてた。水音に呼応するように、すでにいきり勃っていた陰茎がひく、と顫動する。
すべてを晒しているのが羞恥を煽るのだろう、潤んだ目を和宏はぎゅっと閉じた。溜まった涙が頬に落ちたが、それでも拒絶の言葉は発しない。
「じげん、の、ねつ、わかる……から……ッ!」
素直に自分を受け止めてくれる和宏に胸の締め付けられるような甘い痛みを感じながらも、決して相手を呵責しない態度に、雄としてのささやかな加虐心が芽生える。そこまで言うなら、自分の熱を存分に感じさせてやろう、と。指を抜き取り、秘部に自身を突き立てる。
「っぃ、ゃあぁああああぁッッ……!!」
いまだ、慈玄の魔羅は根元までは和宏に収まらない。しかし最初の頃に比べ、和宏の菊門は情交に「馴らされて」きていた。ビクビクと背を反らせつつも、必死に呼吸を繰り返し、息を吐くごとに慈玄を奥へ奥へと導く。やがて慈玄の連動と、和宏の鼓動のリズムが合致してくる。この瞬間が、慈玄には堪らなく愛おしい。
「あぁ、すげぇイイよ、和……っ!」
痛みはまだあるだろうから、紛らわすために和宏自身を手で包み扱く。爆発寸前に勃起していても、少年の陰茎は難なく掌に覆われる。
「や……っ、ソコ、触られる、と、おれ……もぅ……っ!」
「構わねぇ、イけよ和」
自分が絶頂に達するまでの力加減で握ってやる。が、和宏は程なく精を放出した。慈玄もまた、和宏の中に迸る熱を注ぎ込む。
雨は、花を散らす。散らぬ桜を濡らしたのは、雨ではなく汗と、どろっとした粘度を有した白濁の体液であった。
だが。
本当に永久に「散らぬ」ものでないことも慈玄は承知している。自らの、「人でない」者の寿命と比較すれば、殊更に。
事後の淡い微睡みのなかで、彼はその事実にふと思いを馳せる。傍らには、尚も薄紅をたたえた肩と項を襟元から覗かせた、少年の肢体。この「桜」は、一体どれくらい慈しんでいられるのだろうか。
己が生きている間ほど緩やかには流れてくれぬであろう時を考慮する。と同時に、彼自身の贖罪と宿命にも思い至った。和宏に夢中になるあまり、頭から薄れかけていた、いやむしろ、自分が忘れたいと望んでいたのかもしれない償い。
「…………なぁ、和」
情交の疲労感で、少年はぐったりと寝具に身を預けていた。とろんと眠そうな視線のみを慈玄に向ける。
「ん?」
「お前は俺が何者でも、俺の気持ちを受け止めてくれるか?」
「何者?慈玄は、慈玄だろ?他になんかあるのかよ」
投げやりではなく、心底「それだけだ」と言わんばかりに、和宏は返した。くす、とひそやかな苦笑を浮かべる。その表情がまた愛らしく、いかにも信頼の証のようで慈玄の胸を刺す。
この相手に、様々な事実を隠し通すのはあまりにも心苦しい気がした。一から十まで、暴露してしまいたい衝動に駆られる。
しかし、和宏はなにも知らぬ「普通の人間の少年」なのだ。鞍吉のようにパニックに陥ることはないだろうが、冗談ととられてしまうかもしれない。ひとつひとつ、言葉を句切り諭すように、慈玄は打ち明けた。
「和。俺ぁな、普通の人間じゃねぇ」
「普通の人間?え、何。まさか宇宙人、とか?」
ごろんと横になったまま、くすくすと忍び笑いを洩らす和宏。やはりジョークだと思っているようだ。無理もなかろう、と慈玄は一つ息を吐く。
「俺は、妖……つまり妖怪、天狗なんだ」
「…………あやか、し?」
耳慣れない言葉だったのか、和宏は首を傾げて聞き返す。
「お化け、っていうか幽霊みたいなもの?え、でも慈玄、ちゃんと姿は見えるし、こうして触れられるし」
「はは。幽霊と妖怪は別もんだな。幽霊は主に人間や動物の霊魂だ。肉体を離れた魂だけの状態だから、確かに触ったりはできねぇ。だが妖は違う。確かに人目にゃ触れないよう姿を消したり、闇に紛れ込んだりはしているが、『物質』としては存在しているんだ」
ますます少年は首を捻る。今度は慈玄が苦笑する番だった。
「そうさな、これ、でどうだ?」
おもむろに慈玄は、引っかけていただけの浴衣を落とし、裸の背を和宏に向ける。大きく筋骨が隆々としているのは元々だが、その中央よりやや上部、ちょうど肩胛骨の間の辺りが、更にぼこり、と隆起した。
寝そべっていた和宏は、その時初めて上半身を起こし、瞳を見開いた。彼の目に映ったのは、およそ信じがたい光景だっただろう。背中の皮膚を骨が突き破ったような突起は、みるみる大きく伸び、豊かな羽毛をまとった。ばさり、と風を切る音が和宏の耳に届く。
寝所としている座敷いっぱいにも広がったそれは、真っ黒い大きな両翼だった。
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