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第四章 宵の明星・11
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川の流れる音を間近に聞きながらの入浴は、なかなかに風情がある。浴槽は自宅のものより一回りほど大きく、二人で浸かっても大分余裕があった。
湯を浴びるのは和宏は二度目だから、上せないよう慈玄は注意を払った。が、それでも白い肌は、見る間に赤味を帯びる。
改めて注視しても、肌を吸ったような痕は見当たらない。あるいは、慈斎が言ったのは偽りではないのか、とも思われた。
── んな訳ぁねぇ、か。
その考えはすぐさま打ち消されたが。
認めたくない推測を裏付けるように、和宏がぽつりと呟いた。
「なぁ、慈斎、さんが『慈玄と愉しめ』って言ったような気がするんだけど。それって旅行の続きを、ってことかな?」
── あんにゃろう、余裕かましやがって。
後ろから和宏を抱えるような体勢の慈玄は、空に向けて顔を顰めた。
「まっ、まぁ、大体そーゆう意味、じゃねぇか?」
仕方なく言葉を濁す。
「ふぅん。ん……じゃぁ、やっぱり悪い人、じゃない……のかも」
「あ。なぜかそうなるのね」
視線の先にある和宏のうなじは、綺麗な桜色に染まっている。やはり少しばかり湯中りし始めたか、と慈玄は思ったが、どうやら違うらしい。
「ここの温泉、ほんとすげぇ気持ちいいのな。帰ってきて入ったときも、ちょっとぼーっとして長湯しちゃいそうになってさ。やばそうだったからすぐ出たんだけ……ど……」
声のトーンがとろりと緩やかになってくる。
まさか、と慈玄の脳裏に閃きが走る。和宏は、一服盛られたことに気付いてはいまい。記憶が朦朧としているのは、風呂のせいだと思っているのだろう。だが。
慈斎は情報収集を請け負うだけあり、様々な知識に精通している。それは医薬、薬草の類にかけても例外ではない。彼が和宏に使用したと思われる媚薬は、間違いなく慈斎自身が調合したものだ。
温泉には、様々な薬効が含まれる。湯で温められ血の巡りが増したところに、温泉成分を蒸気から吸入し、それによって効能が高まるよう配合していたとしたら。
── ちくしょう、『愉しめ』って。何考えてるんだあいつは。
「慈玄?なんか俺……すごく、熱くなって……きた……」
蕩けたような目で、和宏が見上げてくる。湯気で霞む濡れた肌はやけに艶っぽい。
── まんまと奴の策略に乗るのは癪だが。
とは思え、慈玄に抗う術はない。振り向いた和宏の顔を上げ、唇を重ねていた。
火照った身体を湯から抱き上げ、二人は室内へ移動する。寺で初めて、二人で入浴したときの再現に近いが、和宏の呼吸が、荒くとも苦しそうではないところがあのときとは違う。
慈玄の首に腕を回し、和宏は何度もキスを求める。応える慈玄も、むしゃぶりつくように舌を絡めた。
全裸の肢体を布団に横たえると、慈玄が上から覆い被さる。媚薬の行き届いた和宏の肌は、敷布の擦れひとつ、伝い落ちる水滴ひとしずくにさえ反応しそうだった。指先が這う度に細かに痙攣する。その肌を、慈玄が容赦なくまさぐる。耳朶を食みつつ、すでに硬く勃った肉棒をやや強めに扱いた。
「っぅあ、ぁああっっ!!」
和宏が悪いわけではないと頭では判っていても、むざむざとこの身体を別の誰かに触れさせてしまったことに、慈玄は抑えきれない悔しさを感じる。
慈斎が自分をいけ好かなく思っていることは、慈玄も重々承知している。その慈斎の小細工で、今和宏と性交するのは、相手の思う壷なのかもしれない。だがそれよりも、嫉妬めいた慙愧の念が、慈玄の裡を占める。愚かな感情だと知りつつも。
「ふぁ、あ……や、じげ、ん……ッ!」
紅くつんと反り返った乳首を強く吸い、下半身に伸ばした手の動きを速めると、和宏は間もなく達した。ねっとりとした粘液が、股の内側を滑り流れる。
濃度の高い精液の状態を見るに、和宏が短い期間に何度も射精していないとわかる。宿に戻って気の状態を確認したときにも慈玄にその様相は感じ取れなかったが、これで尚更はっきり確信できた。
堪えたか、堪えさせられたか。
慈玄は唇を噛む。どちらにしても、和宏には苦痛だったに違いない。
脚を持ち上げ双丘を割ると、誘うようにヒクヒクと蠢く蕾が覗く。白濁をたっぷりと絡め、慈玄は一気に二本の指を押し込んだ。
「……いっ、やぁあああぁ、ンン……ッ!!」
潤滑油よりも重い粘度を持つ体液は、和宏のナカでにちゃ、ぬちゃ、と淫らな水音を立てる。掻き乱す指先にまとわりつく、和宏の熱。顫動し適度に締めながらも、拒む様子はない。
── やはりココは「馴らされた」のか。
慈玄の体に、微かに震えが走る。怒りによるものだが、それを暴発させまいと自制するように。
そのとき、指を通じる熱の質が少し変化したような気が、慈玄はした。和宏の全身に視点を移すと、彼は自らの脚を自分で押さえ、涙で頬を濡らしていた。
「じげ、ん……っ!じげん、のが……欲しぃ、よ……」
和宏はそう懇願した。決して、快楽を欲しがる貪欲さではない。
どこか辛そうな慈玄を、和宏は察したのだ。無論、耐えていたこともあるのだろうし、彼に「気遣っている」という自覚は多分ない。しかし、意識せずとも言動に現れるのが和宏だ。そして、あの「光」にも。
慈玄が指を抜き取ると、肩の力を抜き笑みを滲ませ、和宏は目で頷く。
「和、お前を愛してるよ」
丹念なキスと同時に、慈玄は自身で和宏を貫いた。
「んうぅ……ぁ、あぁっっ!!」
川底を抉る水流のように、じっくりと、深く。
腰を支え突き動かす行為は激しさを増し、和宏は全身全霊を開いて必死に慈玄を受け入れた。何度も絶頂を迎え、熱を放出して。
ガラス板一枚を隔て、暗闇を遮断する窓がカタリと鳴る。布団に鎮座した慈玄はそれだけで、何を意味するのか、慈斎の思惑も含めて何気なく把捉する。
「畜生、手の込んだ真似しやがる」
幾度も精を解き放った傍らの和宏は、さすがに疲れ果てた様子で熟睡していた。まだ湿り気を保った柔らかな髪を、大きな手が撫でる。
「すまねぇな、和。俺の方が心配かけちまってて」
しばらく撫で続けると、その赤茶の毛に口づけて、彼は立ち上がった。
音を立てぬよう窓を開け放つと、もう一度和宏の寝顔を一瞥し、慎重に翼を広げそこから飛び立っていった。
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