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第四章 宵の明星・30

◇◆◇  卓袱台の前に座った慈玄は、絶句する。  次から次へと運ばれる料理。若竹煮、鰆のムニエル、さやいんげんの和え物、新ジャガの素揚げ、春キャベツのコールスロー…等々。和洋折衷だが、初夏の旬をふんだんに盛り込んだ献立が、卓の表面を埋めつくしている。そして、並べられた茶碗と、箸。自分の目の前のものと、隣に置かれたそれを比べ見て、思わず飛び出した叫び声。 「あーーーーーーーーっっ!!」 「なっ、なに、どうしたの慈玄」  いそいそと動いていた和宏が声に驚き、立ち止まった。 「和!お……っ、おま、も、もしかしてこれ!!」  二膳の箸を握りしめた慈玄の拳がわなわなと震えている。 「あ、気付いた?へへー、実はさ、お揃いで買っちゃったんだ。皆にご飯食べに来てもらいたかったから」  照れ臭そうに頬を染め、軽く頭を掻く和宏。その様子に、慈玄も二の句が継げない。  卓袱台の上には、もう一膳の箸がある。和宏のものだ。先日和宏と慈玄、ペアで揃えていたと思われた箸は、実際まだあったことになる。やはり柄が微妙に違うものの、統一イメージに藍と金で描かれた模様は、どう見てもシリーズとして販売されている代物だろう。 「いいじゃない、和が俺のために用意してくれたんだもん、ねー」 「ねー」  足を伸ばし、すっかりくつろいでいた慈斎が口を挟んだ。和宏と視線を交わすと、声を合わせて頷き合う。  和宏が「無駄にならなかった」と言ったものの正体がこれであったことは、寺への道すがら慈斎は当人から聞いていた。箸まで用意するとはと少々面食らった慈斎だが、和宏が本当に一人を特別扱いすることをいまだ躊躇していると知る。恋愛による独占欲や支配欲、一人の相手に愛情を注ぐという態度を、良くも悪くもまだ理解していないらしい。実年齢よりも、感情が幼いのだ。というより、これが和宏の「性質」だと言われても頷ける。慈玄はやきもきするだろうが、慈斎にすればそれさえも面白い。 「だからって!なんっでこいつの箸をウチに置かなきゃなんねぇんだ!てめぇ、んな頻繁にここでタダ飯食うつもりか?!」 「えー、そりゃあ和が誘ってくれるならそうするよ?和がここに住んでる以上、ここは和の家でもあるでしょ?」 「そーだよ!俺はいつでも慈斎に来てもらいたいもん……ダメ?」  じ、と上目遣いに慈玄を睨め付ける大きな瞳。これに慈玄はめっぽう弱い。 「一回って約束じゃねぇのかよ」 「でも、慈斎も分かってくれたし。中峰、さんとのことも、慈斎の情報があった方が慈玄だって対処しやすいだろ?」 「そうそう、俺は和の味方でいいってことになったから」 「信用できっか!つか、お前等いつの間に呼び方!!」 「もーいいじゃんー。さ、食べよ?お腹空いたー!」  和宏はすでに聞く耳を持たない。慈斎はくすくすと含み笑いを続け、慈玄は渋い顔である。しかし、空腹なのは皆同じだ。「いただきます」の声と共に、一斉に揃いの箸が料理に付けられる。 「いやー、和の料理って言うだけあってほんと美味しいねぇ。俺、毎日通おうかな」 「なに言ってやがる!てめぇなんざ、中峰に目ぇ付けられて封印されちまえ!」 「そーゆうこと言わないの、慈玄。俺は毎日でもいいよ、賑やかだし。慈海さんも一緒だともっといいのになぁ」  そのひと言に、慈斎がぴくりと反応する。 「和、慈海も呼びたいの?」 「あぁ、こいつ慈海はすんげーお気に入りなんだ。てめぇなんざよりよっぽどかしんねーぜ?」  慈玄が代わりに応えたが、和宏がそれを否定した。 「そっ、そんなことないよ!慈海さん、は……ちょっと憧れ、だけど」  否定した割にまんざら間違ってもいないであろうことは、真っ赤に染まった頬で分かる。 「物好きなんだね、和って」  こそりと、慈斎は慈玄に耳打ちした。 「父親に憧れてんだよ。だから、慈海もな」 「あー、なるほど」  慈斎が得心する。とはいえ二人にしてみれば、あの堅物がこうして食卓を揃って囲むなど、微塵の想像もできなかった。 「な、慈斎。慈海さんに会ったら、そう伝えてくれない、かな。もちろん、忙しくない時でいいんだけど。図々しいかな」 「そんなことないよ。あいつも内心喜ぶんじゃない?」  それが至って適当な返答だと思ったのは、だが慈玄のみのようだった。 「ほんと?!実は、箸、慈海さんの分もあるんだー」 「え?!」  険悪な仲の二天狗が、この時ばかりは声が揃った。  怨霊やら中峰の思惑やら様々な憂慮が渦を巻きながらも、夕食のひとときは和やかに過ぎていった。

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