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My secondary planets 〜宵の明星後日談・7
「慈海さんがね、俺でも一緒にいて、笑わせられたら皆を元気にできるって言ってくれて。慈斎にも早く治って欲しかったし、極力山には近づかない方がいいって言われてたけど、会いに来ちゃった。今日慈海さんに見つかったときも、怒られるんじゃないかってひやひやしたけど」
「ふぅん、あの慈海がそんなことをねぇ」
フォークを咥えたまま、慈斎がもごもご言う。
「でも、確かに和一人でここまで来るのはまだ危険、か。それなのに、来てくれたんだね」
「うん。姿が見えなくても、声や気配だけでも伝われば良いな、って。実際は、こうやって会えちゃったけどな」
はにかみながら、和宏がにこりと笑みを向ける。
「そうだねぇ。俺もまさか、と思ったよ」
「でもなんで、慈斎はこんなとこにいたの?」
口調からして、和宏が訪れるのを慈斎は予測すらしてなかったようだ。慈海は迷わずここへ降り立ったが。
「あぁ。気になることあったし、俺も早く戻りたくてさ。こう見えて、薬草とかには詳しいんだ、俺」
空になったタッパーを和宏に返すと、慈斎はおもむろに立ち上がり、再度草を分けた。不思議そうに背後から和宏が覗き込むと、「あった、これこれ」と声が上がる。剣のような細く高い植物の根元に、小さな双葉が開いていた。宝物でも見付けたみたいに、慈斎がそれを摘み取る。
「これがね、滋養に効く。ほんの少ししか採れないし探すのも骨が折れるんだけど、上手く調合してやれば即効性があってね」
くるくると指先で葉を回し、振り向いた。
「手足が自由に動くうちは、つまりこれを探してた、ってわけ」
慈海は、そのことを承知していたのだ。だから和宏を、ここへ連れてきた。
「へぇ、優秀なんだな、慈斎って」
素直に感心する和宏に、慈斎はにっと笑顔を返す。
「まぁね。ほんとに優秀なら、こんなヘマもしないんだろうけど。そういうことだから、完全に復帰するまでもうそんなにかからないよ」
軽く言ってのけた慈斎の表情に、だがうっすらと憂いの色が浮かぶ。
「和が住んでるとこ、桜街、だっけ。あそこの闇は、やっぱり気になるからね」
「闇……」
「和が取り憑かれて、怨霊を払い除けた時は俺もそこまで気が回らなかった。中峰に言われて、それから和たちがあいつとやり合った時もその話が出たって慈海から聞いて。じっとしてる間にね、ちょっとした推測が浮かんだんだ」
騒がしく風に揺れる草原を見渡して、慈斎は言った。遠くを見つめ、ここから離れた桜街にまで思いを馳せる如く。
「和が散らした闇は、街に同化したと中峰は言った。ということは、街の闇は妖のものじゃない。おそらくは、怨霊と同じく元は人間の、しかも、馴染んでしまうほどに雑多なもの」
慈斎の背を注視しながら、和宏がごくりと唾を呑む。
「この間、慈玄と慈海さんとで、それらしき気配がないか一通り街を見て回ったんだ。二人ともまだ分からない、って言ってた」
「そう。あの二人に分からないんじゃ、俺が見ても見当つかないと思う。多分、だけど。闇がその形を露わにするには、『手順』を踏まないとなんだ」
この迦葉で、今までの生活では考えもつかないような経験をしてきた和宏だが、だとしても、慌ただしく過ぎた日々。妖だの霊だの闇だのに、十分な免疫ができたわけではない。慈斎の指摘は和宏にはまだピンと来なかったし、そうだったとしてどう対処すべきかなんてまったく思いつかない。
黙りこくった和宏に、慈斎も気付く。振り返って、いつものようにへらっと笑った。
「心配しなくていいよ。つまり俺が言いたいのは、突然やたらでかい化け物とかが否応なく襲ってくるようなことはない、ってことだけだから。全快したらもう少し調べてみるけど、おそらく気付くか気付かないか程度の、微細な兆しからやってくる。そう遠くないうちにね」
「う、うん」
やはり自分のせいなのだろうかと、和宏は思う。なんにせよ、そんなものが蠢き始めてしまったのは自分が慈玄と一緒にいるからではないかと。下を向いて拳を握る和宏に、慈斎はぐっと顔を近付けた。
「あれ、不安にさせちゃったかな。ごめんね?」
隙を奪うように、そのまま唇と唇を触れさせる。
「?! ち、ちょ……っ、慈斎!」
「あはは、そうやって顔を赤くする方が和らしいよ?」
恥ずかしいのと不意を突かれたのが悔しいのとで、口をぱくぱくさせた和宏だが、その一時で憂慮が拭い去られていたのが自分でもわかった。
「俺ねぇ、貸しを作っておくのがあまり得意じゃないの。ご馳走になった夕食やホットケーキの分は、ちゃんと働きますよ?」
和宏が手にしたままのタッパーの蓋を、とんと指で弾いて宣言した。
「それに、わざわざ俺に会いに来てくれた分も、ね?」
「う、ん。慈斎にはまた会える、って分かってたけど、俺、慈玄と一緒にいても学校行っててもずっと慈斎のこと考えてて。だから、その、慈斎ももう、俺にとって大切な人なんだなぁ、って思ったから」
頬を染め、照れ臭そうに言う和宏。「慈玄といても」の一言に、慈斎は若干驚きを覚える。無事が確認できないから尚更、という条件ではあっても、そこまで気に掛けてもらうのは悪い気はしない。だが、自らをも偽り続けて来た手前。素直に受け止められないのもまた彼だ。
「そりゃあ、俺にも慈玄より勝ち目がありそうってことかなー。でもいいの?俺は和がこれ以上中峰に傷つけられんのは我慢ならないから、慈玄を中峰に引き渡しちゃうかもよ?」
頬の傷跡をするりと撫でて、慈斎は意地の悪い視線を投げる。狙い通り、和宏は慌てて首を振った。
「そっ、それはダメだよ!」
予想に違わぬ返答。慈玄が和宏を欲したように、和宏も「約束」などという口幅ったいものを越えて、慈玄は傍にいて当たり前の存在となりつつあるのだと慈斎は悟る。本人がいまひとつ、それを自覚していなくとも。
「慈玄も一度は自分を置いて帰れ、って俺に言った。だけど俺、引き止めて。それで考え変えてくれたから、その気持ち大事にしたいし」
「それ、慈玄は考え変えたんじゃないよ。あいつ、和を護るためなら手段選ばないと思うし。もちろん、和が悲しむようなことは避けたいから一番良い方法考えるだろうけど、もし本当に切羽詰まったら、封印されるのも辞さないね、今でも」
中峰が望んでいるのは、慈玄の強大な潜在能力だ。落ちぶれたとはいえ、元は鬼神。慈斎や慈海、他の者が束になって封じられても、その力には及ぶまい。
和宏と出会い、共に過ごしたことで慈玄はもはや満足している。これからも一緒にいたいという「欲」こそあっても、和宏が犠牲になるくらいなら喜んでその身を捧げるであろうことは疑いようもない。この先何があっても、意志は変わらないはずだ。認めたくはないだろうが、和宏も薄々それには気付いていた。
「だっ、だから俺も、慈玄も慈斎も護るために頑張ろう、って。だ、けど……っ!」
だけど、無力だ。和宏はそう続けたかったのだろう。
皆が笑えれば、気力が戻ると慈海は言った。言われた和宏は、自分もできる限り笑っていようと思っている。沸き立つ不安や、責務を押し込めて。大らかな慈玄や、厳格な慈海はきっと微細な心情は読み取れきれない。しかし慈斎には分かっていた。それがいかに危うい均衡で保たれているかを。
詰まらせた言葉が再び嗚咽に変わりそうな和宏を、慈斎はゆっくりと抱き寄せた。
「大丈夫だよ、和。言ったでしょ?ちゃんと考えるって。慈玄だけじゃない、俺も慈海も、必ず、和の力になる」
「うん。俺、慈斎に元気あげようと思ってここまで来たけど、俺の方がもらってる気がする。ありがと」
しっかりと腕を回して抱き締め返した和宏に、慈斎は決意を新たにした。やはり、自分にもまだできる事があったようだ。ならば存分に、少年のためにそれを発揮してやろうと。
常に相手と駆け引きをし、巧みに情報を得、またそのためには虚言も出任せも厭わない彼には、劇的な変化と言える。否、おそらく和宏以外の相手に、態度が変わることはない。慈海と同様に、彼もこの少年には特別視せざるを得なかったのだ。これもまた同じく、当人がそれを自覚せずとも。
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