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第五章 蠍ノ心臓(アンタレス)・3

◇◆◇ 「んだよ、今回はスカートじゃねぇのか」  不満がつい顔に出る。慈玄は至って単純なのだ。 「お前。俺の女装が見たいわけ?男なのに、毎回あんなスースーしたもん履いてたまるかよ」  席へ案内した和宏が膨れる。 「あっ、あぁいやいや!その服もじゅううっっぶん可愛いけどな?」  思わず溢れたのは間違いなく本音だが、かき消すように両手を振って、あたふたと取り繕った。  正直、慈玄とて和宏が恭やテイラと同様の格好をしているので喜ぶのではない。  普段と違う身なりの和宏は、新鮮に見えて目を楽しませた。美李の作る衣装は女性用でなくとも露出が高い。しかも、和宏用のは狙い澄ましたように特に。  真面目な和宏は、「仕事ならば仕方がない」と、女物でもなんでも潔く身に付ける。そういうところは見た目に反して男らしくもあるのだが。  しかしいざ人前に出ると、さすがにスカート姿は気が引けるようなのだ。元々女顔で中性的。色が白く、体つきも線が細い。周囲はそれを好ましく思う者が少なくないが、彼にとっては看過できないコンプレックスでもある。  更に美李は、和宏に女装させる際下着まで女性のものを着けさせる。無論強制こそしていないが、ここでも実直な和宏は美李の言い分を真に受ける。とはいえ身に着ければやはり心地悪いらしく、時々そっと履き位置を直したり、もぞもぞ腰を揺らしたりしていた。  本人が意識しないところで、身動きがエロティックになる。「女装」そのものより、慈玄が期待するのはそれだった。  前回のイベントに顔を出した際、まさに和宏はミニスカートを履いていて、給仕をしながらもいちいち裾の辺りを気にしていた。その素振りにそそられ、彼は大いにデレデレと眺めていたものである。 「かっ、可愛い、ってあんまり言うな。俺は男なんだから!」  ぷいと口を尖らせて、和宏は仕事に戻っていった。  背を向けると、食い込むような短いパンツのせいで丸い尻の形状がくっきり露わになっている。 「ま、これはこれで眺めは悪くねぇ、か」  椅子に腰掛けた慈玄は、頬杖をついてにんまりとほくそ笑んだ。  根底の気質、人格、無論内面まで含んだ「人としての和宏」に惹かれ愛した慈玄だが、少年の外見も要素としては外せない。そればかりでないのは事実でも、幾度も抱き愛でた身体。自ずと性欲は呼び起こされる。  和宏本人が知れば変態呼ばわりで軽蔑されそうではあっても、これも男としての性。愛しい相手なら、どんな身体的特徴でも魅惑的なものだ。  フロアを忙しく駆け回る、可愛い後ろ姿を目で追っていた慈玄だが、入り口付近でそれがぴたりと止まった時、怪訝な色へと不意に変わった。 「あ。い、いらっしゃいませ、先生」  和宏の目線の先には、黒のテーラードシャツを無造作にまとった男。僅かに空いた胸元が、尋常ならぬ色香を醸し出している。  先生、と和宏が呼ぶからには教師か医師か、というところだろうが、誰にでも気兼ねなく話し掛ける和宏には珍しい、気まずそうな声の響きが気になった。 「宮城か。相変わらず可愛らしい格好だな」  艶めかしさの匂う低音。モジモジした和宏の態度も異様で気にくわないが、人ならぬ慈玄が嗅ぎ取った男の気質も、彼にはどうも虫が好かない。  妖でも、元妖でもないようではある。が、真っ当な人間のものかというとそれも違う。ひどく、得体の知れないもの、そんな印象を持った。 「おっ、オーナーなら奥にいます、けど」 「なに、今日は普通の客として来た。コーヒーをもらえるか?」  和宏の頬を一撫ですると、男は悠然と客席フロアに足を進めた。女性客の視線が一瞬、その絵になる佇まいに集中する。  奥の窓際にある空席へ向かおうとすり抜けた時、渋い表情の慈玄とも彼は目が合った。ふ、っと余裕綽々の笑みを口端に浮かべ。 「……なんだ、あれ」  小馬鹿にされたように思えて、慈玄は一気に憮然とする。席に着いた男が、彼に再び目を遣ることはなかったが。

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