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第五章 蠍ノ心臓(アンタレス)・16
その背中の服を、和宏は我知らずはっしと掴んでいた。
「きっ、嫌いになんかなれないよ。もう慈斎も、俺にとって大切なひと、だもん」
縋るような少年の目と、少しだけ振り返った慈斎の目が交錯する。だが、続く声は冷たく。
「さてねぇ。もしかしたら、嫌われた方が楽だったのかも」
「楽、って。俺が、慈斎好きだと迷惑?」
そろそろと手を離し、和宏が俯く。そこで慈斎は軽く溜息を吐いてから、和宏に向き直った。
「迷惑、じゃないけど。散々慈玄への文句だけ俺に聞かせて、いざとなったらその慈玄に遠慮して拒否られる俺の身にもなってよ。和のこと好きだ、っていったの、嘘でもなんでもないからね?」
「う、ごめん」
ますます背を丸める和宏の肩に、慈斎は手を置いた。
「いいよ別に。和が、慈玄のこと一番に想ってんのは俺もわかってたし。俺は散々、和にひどいこともしちゃったからね。今更慈玄と同じように、なんて」
「そっ、そんなことないよ!」
ばっと面を上げた和宏が、慈斎の首に腕を回す。そのまま引き寄せた頬に、唇が触れた。
「俺、慈斎に触れられるのも、嫌、じゃないよ?『好き』って言ったのも。俺も、嘘じゃない、から」
勢い半分でしてしまったことに、あとから恥ずかしさが襲いかかる。葛藤する和宏を、慈斎は軽々と抱き上げた。
「じゃあ、いいよね?」
再度ベッドに落とした身体を、慈斎はするすると撫で上げた。Tシャツの裾から手を忍ばせ、有無を言わさず唇を唇で塞ぐ。
「……っは、ぁ……じさ……っ」
溢れる声はあっという間に甘くなる。息つく暇さえないキスに、和宏は目を潤ませた。
「……ん、っふ、ぅ……っ」
舌が絡み、唾液が混ざり合う。その間も滑らかな肌の上を休み無く指が這う。探り当てた胸の突起を転がすと、和宏の喘ぎは一層艶を増した。
「っぃ、やぁ……っ!じさ、ぃ……っ!!」
離された唇を軽く噛んだと思いきや、耐えた和宏が服の下の手首を掴んだ。
「じさ、いは……こ、ゆうことしたい、から、俺を、好きなの?」
「もちろん、それだけじゃないよ。でも、好きならシたい、って思うのが普通でしょ?俺だって、慈玄と同じように和を『好き』なんだから」
濡れた大きな瞳が、慈斎を映した。鏡のようにはっきりと、彼自身にも見えるほど。
「お、俺……この、こと、慈玄に黙ってられない、かもしれない。慈斎を、困らせるかもしれない。そ、れでも、好きだ、って思ってくれる……の?」
和宏は気付かなかったが、慈斎の表情に微細な翳りが浮かぶ。少年の言葉を受け入れがたく感じたからではない。言うなれば、それこそがこの男の根本的な「闇」。
本来は、感情などに振り回されてはならぬはずの駒。そのくせ憎悪と嫉妬によって、身を滅ぼしかけた己の。
「好意」など、実を言えば慈斎には理解できない。だからこそ、虚言で自身を塗り固めてこられたのだ。それでも消えなかったのは妬みのみ。結局今の今まで、勝手を通してきた慈玄への羨望。
ところが。
和宏に対してだけは、慈斎当人にも把握しきれない想いが確実に育ちつつある。彼の中でも、落ち着かないような割り切れないような思考。これこそが恋慕、と結論づけるには、彼は永く自分を偽り続けてしまった。
そして今、この時でさえ。
す、と息を吸うと、慈斎は和宏にゆっくりと告げる。
「思わなかったら、何もしないよ。慈玄はね、俺みたいなのが無闇に和に手出ししたら殺すことだって平気でやると思う。実際、あの時だって俺は殺されかけたんだし」
それを防いだのは和宏だが、寝惚けていた本人はやはり覚えてはいまい。
しかしあの日、「和宏の身体から怨霊を追い出す」という名分があったにも関わらず、慈玄の怒りを買ったのは事実だ。
「でもね、俺はそれでも構わないと思ってる。何もしないでいるよりは、ね」
「好意」は知らない。だが身の危険をおかしてまでも、この瞬間和宏を「抱きたい」と慈斎は本気で思っている。
「っ!じょ…冗談でもそういうこと言うな!俺が、そんなことさせない。それに、そんなふうに思ったままして欲しくないよ。俺、お前がいなくなるのもう嫌なんだから」
一度消えかけた彼を、和宏はまた思い出したのだろう。涙を浮かべて、自ら顔を寄せて口づけた。
「ありがと、和」
その姿を、慈斎は愛おしく思う。正確にはわからなくてもそうとしか言えない感情、今はそれで十分だった。
シャツを全部脱がせ、上を向いた薄桃の乳首を舌で転がす。少年のそれは女のもののような膨らみはないが、それでもつんと突っ張って堅く痼る。
「……っひ、ぁああん!……や、ぁあっ!!」
慈玄に馴らされたからだろうか、もともと敏感なのか、和宏は胸先を舐め責めただけで身を震わせる。連動して、慈斎の腿に触れた下半身の隆起が、熱を帯びて脈打った。
「もうここも大分窮屈そうだね、和」
ファスナーを下げ下着をずらすと、未発達の陰茎が水面へ息継ぎするように飛び出した。初々しい赤味を帯びた肉棒は、既にしっとりと湿り気を帯びている。
「我慢しないでイッていいからね?」
手に包んで扱き上げると、程なく和宏は堪えた白濁を解き放つ。ぬるりと伝う白い粘液が、薄暗いホテルの照明に反射した。
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