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第五章 蠍ノ心臓(アンタレス)・17

「っは……ぁ……っ、じさ、ぃ……」  羞恥に和宏は、相手の肩に抱きつき顔を埋める。もちろん、これで終わりはせず。 「ね、俺もいい?」  足に引っかかったままのパンツを取り去って、和宏の両脚を慈斎が高く掲げる。桃割れの双丘にも、蜜が垂れかかった。すっかり上を向き開いた谷間の奥で、蕾がひくりと蠢く。 「やっ!ちょっ、こ、んな格好、はずかしい、よっ!」 「そう?俺はすごくそそられるけど」  のしかかる勢いで、こじ開け指が沈められる。慣れない姿勢に、力が入るのか侵入を拒んだ。 「……っい、ぁ……っ!」  ぎゅっと目を瞑り耐える和宏に、慈斎の声が上から注がれる。 「そんなに力むと痛いよ?深呼吸して」  解すのもそこそこに、慈斎は自身を宛がい、貫いた。  やや急かしたのは、彼にあまり「時間が無い」ためだ。  にも関わらず、和宏の身体の熱は「怨霊に憑かれた」あの時の比では無かった。今回は、和宏本人の意思で慈斎を受け入れている。気の流れはダイレクトに、繋がった場所から感じ取れる。 「んぁ、ぁあああぁっっ!!」  必死で慈斎の熱を受け止めようとする和宏が、呼吸をするたび慈斎の刀身は裡を抉る。収縮する肉壁は、むしろ奥へと導くようで。 「……っはぁ……っ、じさぃ、きもち、い?」  自分も余裕などないだろうに、和宏は慈斎に問いかける。 「うん、すっごくイイよ?」 「……は……よか、った。前、のとき……じさい、くるしそ、だった、から……」  腰を打ち付けられながら、言って和宏は微笑んだ。その顔を見下ろした慈斎の心音が、ドクンと跳ねる。 ── あぁ、これが。  慈玄がこの少年の虜となった訳が、またひとつ判明したと彼は思った。  痛苦と快楽の狭間で笑みを浮かべた和宏の周囲には、目に見えずとも温かな灯火のような気の粒子が広がったのを慈斎は明確に感じ取る。  少々無理をしてでも、行為に至ったのは正解であったと。 「ね、和。一緒にイッてくれる?」 「……っふぇ……ん……っ……!」  小刻みに、和宏が頷いた。  返事の代わりに、接合部の淫音が激しくなる。濃密な体液がねばつく、にちゃ、ぐちゅ、という音が、狭く密閉された小部屋に満ちた。 「は……ぁ……じさ、い……おねが、ぃ……手、はなし、て……」  和宏のナカを貪るのに集中していた慈斎は一瞬何を言われたのかと思ったが、臑を握った手を解けという意味だとようやく気付く。言われた通り離すと、彼に向かって和宏は自らの腕を伸ばした。  上体をくの字に折り曲げ、腹を圧迫される体勢は苦しかろうに、届いた手はぐいと相手の頭を引き寄せ、抱く。何も言わず己の唇を近付けて、キスをねだる。  腰を支えて、慈斎がこれに応じた。荒く喘ぎを洩らしながら、繋がる唇と舌。密着した腹部に挟まれた幼い陰茎が、擦られビクビクと顫動しているのがわかる。 「……ふぁ、あ……っ!おれ、も、ぅ……っ!」  一気に熱を上げた先端から、和宏の二度目の精が迸った。 「うん、いいよ和、俺、も……っ!」  僅かに腰を浮かせて引き抜いたところから、慈斎も一挙に自身を内壁に滑らせる。どこまで到達したか分からないほどに、奥に気を注いで。 「……っはぁ……はぁ……じ、さぃ……ちゃ、んと分かった、よ?」  解き放ったと同時に、慈斎の頭部に回されていた腕から力が抜け、シーツを乱し落下した。伴い落ちる和宏の頭を逆に慈斎が抱え、ゆっくりベッドに下ろす。 「俺、慈斎、が優しいのも、温かいのも知ってるよ?ちゃんと、想ってるから。困らせる、かもだけど……その分、護るから……」  シャボン玉のように、ふわり、ふわりと生じては弾ける気の灯。とろんと微睡み始めた和宏の、取り留めもない言葉と共にそれは漂う。 「お前の傍にも、俺、ちゃんといるから。し、ぬとか離れる、とか……もう、ナシ、な?」 「わかった。ありがとね、和」  柔らかく跳ねた前髪をかき上げ、慈斎は和宏の額に口付ける。安心したのか、少年はひととき意識を手放した。  安らかな寝顔を見届けた慈斎の表情は、だが険しい。 「和の事、好きなのには違いないけど。ごめんね」  継いだ呟きが、すでに相手には聞こえないのを承知して。  衣服の乱れをざっと整え、小さな四角い窓の外を、慈斎は睨んだ。 「女の子とデート中なら、慈玄の式が飛んでくる心配はない。にしても」  陽が伸びていても、厚い雲の下は薄闇。夕刻でも残る光は見えづらい。 「お楽しみ……な展開になるほど、今の慈玄は節操なくはない、か。そんな根性もないってとこかな。だとすれば」  歩み寄った窓ガラスにとん、と指を当て、目を凝らす。ぽつぽつと叩き付ける水滴に、景色は滲んでぼやけた。 「少しくらいは、野生の勘でも働かせてもらいたいもんだね」  口惜しくもあったが、未だ妖力が削がれた身。加えてこの雨では、波動が遮られ追うのは困難。それでも、慈斎は和宏の気の誘発に映し出された些少な「影」の揺らぎを読み取る。 ── やっぱり、ね。  それらの動作は素早く、形もまだ明瞭とはいえない。  しかし明らかな「闇」の予兆を彼は捉えた。和宏との情事で賭けに出ても、見極めこそ難しかったが。これでは、離れた場所にいる慈玄には違和感すら感じられないかも知れない。  小さく舌打ちする。自分が万全ならばすぐにでも突き止めるのにと。 「あまり派手に動かれる前に、見付けたかったんだけどな」  ベッドに横たわる少年の白い肢体に目を遣って、慈斎は内心でもう一度詫びた。 * 「しばらく見ない間に、ずいぶん美味しそうになったさね、和宏」  ふふ、と愉しげな含み笑いが漏れ聞こえる。 「それにあいつら。良い遊び相手になりそうさねぇ」  ビルの屋上、浄水タンクに腰掛ける人らしき姿。  雨の中だというのに濡れるのも気にせず……否、なぜか雨粒はその身体を除けるようにも素通りするようにも見え、濡れている気配はない。  その証拠かさらりとした栗色の髪は、緩やかに風になびく。 「油断すんなや。まだろくに動けん」  その隣に立つ、漆黒の者。こちらも同様に、髪に滴る雫ひとつなく。 「……何か、足りんようや」 「そう?でもいい加減腹ぺこさね。お気に入りでしょ?和宏の『血』は」 「夢露に出るな、と言われとるやろ。お前のやり方は好かん」 「まったく、相変わらず慎重すぎてつまらないさね」  栗毛の笑みは、至って無邪気だ。しかしそこはかとなく、蝶の羽根をむしる子どものような残虐性が垣間見える。  黒髪の方は、微動だにしない「無」。牽制するような口調でも、怒りも困惑も見えない。 「ま、勘づかれたみたいだけど、楽しいのはこれから。もう少しで、退屈じゃなくなるかも、ね」  秘めた笑い声が雨音に隠れる。二つの奇妙な人影は、幻の如くそこから「消えた」。

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