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#11 裏アカ
『……誰か、いるのかな……?』
誰かいるのなら少し気まずい。まだクラスに慣れた訳じゃないし、いきなり忘れ物だなんて。
そうためらいながらもそっと後方の扉から中を窺うと、教室の前方に数人の生徒の姿があり、その中に見知ったばかりの姿を見つけて、僕は思わず声を上げそうになった。
『——柚弥君……!』
前方の机に座っていたのは、放課後に別れたはずの柚哉だった。その傍らの席には昼間会った梗介もいる。
二人の前には背を向けて二人の生徒が立っており、一見談笑しているように見えた。
二人に向かって柚弥が寛いだ様子で笑みを見せている。
『柚弥君、帰ったんじゃなかったんだ……? どうしよう、入ってもいいのかな……』
事情があったし、断って入室すれば、という選択肢はすぐに浮かんでいた。だがどうしてかその手段を取っても、そこへ踏み込むことに身体が竦んでいた。
どうしたものかと逡巡しているところに、ドアが少し開いているのか、彼等の会話が漏れ聞こえて来た。
「——やっぱ、正直に前から可愛い、あきらかに違うとは思ってたんすよねえ。で、そういうことちらっと三年の先輩に話したら、教えてくれたんですよ。結構渋ってたんですけどね。……裏アカ」
「はあ、観たの。恥ずかしいなあ。もう段々、裏じゃなくなってきてるよね。あんまり広まっても困るからさあ。そろそろあれ、消そうかなあ」
「ええっ、消さないでよ! で、こないだ、ストーリー上げたじゃん? あれ、やばいって。あれ見たら、もう忘れられなくなって……。うっかり保存し忘れてさ、すっげえ後悔! てかユッキー、すぐ消したでしょ!……つうかあれ、……はめ撮り、だよね……?」
「あれねえ。結構夜中だったのに、何か軽くバズってさあ。皆ちゃんと寝てよお。何のために俺の裏アカ夜観てんの」
「そりゃ観るって! ……それで、もう我慢できなくなってさあ。で、聞いたから……。どうしても我慢出来なくなったら、その裏にDMして、夏条先輩に頼めってさ…………」
舌を舐めずるように囁いた生徒は、ちらりと窺うように梗介を見遣った。
よく見ると梗介は指に煙草を挟み、一喫 いの末、気怠げな紫煙が薄くたなびいた。
「別に俺はどうだっていい。ユキ、どうする」
「えー、まあいいけどさあ。でももう、俺も疲れたんだよねえー。今日朝から始業式だよ? 疲れないの皆。昼に横山先生の相手もしたしさあ」
「ええっ、横山って数学の? 担任じゃん! まじで!?」
「あ、言っちゃった。今の内緒ね」
あっけらかんと柚弥は告げ、唇に人差し指を立てた。
「でも、全然最後までしなかったけど。横山先生、真面目だからさ」
つ、と二人の生徒に移した瞳は、無邪気さからふっと淫靡にほそめられる。
「……だから、変にお預け喰らった……、感じはなくはないけど?」
付け加えた唇が、言葉ひとつひとつに、蠱惑的な模 りで歪む。
『何……? 何の話…………?』
いくつもの断片的な情報が流れ込んでくるが、話の真相の合点に、頭が追いついてこない。
裏アカ。DM。頼むって、何を。
そういえば昼休み、柚弥は何をしていた?
『後で職員室に来い』
『ああ……、横山先生ねえ……。今職員室いないよ。もう少ししたら、戻ってくるんじゃないかな』
『ちょっといけないバイト……。——秘密ね』
心臓がく、と縮まり、身内からこわいように早鐘を鳴らしていた。
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