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#12 夕暮れのなかの白昼夢

「先輩、良いんすか、ユッキー担任と何かしたとか言ってますし!」 「梗介はそんなことで怒ったりなんかしないよ。俺の絶対的な管理者だからね。つうか、旦那?」 「羨ましいっすよ先輩、だってユッキー、まじ可愛いもん、その辺の女より」 「いくら周りに女の子がいないからってさあ、落ち着きなよ。それにしても俺の強烈なセックスアピールにも困ったもんだなあ。なあ梗介?」  あははと軽やかに笑い、柚弥は隣の梗介の肩に頭をもたせ、甘えるようにしなだれかかった。  猫のようにしなう魅惑的なその姿態は、昼間の彼とはまるで別人だった。  梗介は酷薄な顔を崩さず霞のような紫煙を長く唇から吐き、肩に流れた柚弥の髪を、愛猫の喉を撫でるようにさらりと一度だけ梳き、それに応えたかのようにも見えた。  二人の間に絡みつく、濃密な何か。  それを垣間見せられたようで、思わず僕のこころは、狼狽えたようにどきりとふるえた。 「…………で、どうするんだよ。つうか隣の奴、さっきから一言も口利いてねえが、やる気あるのか」 「あ、こいつ、結構ガチみたいで……。来る途中から段々無口になって、『緊張する、』とか言って……。でも、引き返さねえのな。なあ?」 「リョウ君でしょ。2Cの。……大丈夫?」 「…………ユッキー、……俺」  目にした時から終始沈黙していた、多弁な生徒の隣の彼が、ようやく口を開いた。  傍らの、茶髪でいかにも『遊び』の風情が漂う彼に比べ、一般的な、道を踏み外しそうにないごく『真面目』に見える大人しそうな生徒だった。  おそらくだが彼は、柚弥に対し少なからず『通常』を超えた想いを抱いていて、けれどまだそれに対処しきれていない、惑っている最中なのではないか、と思われた。  思い詰めたようにまた押し黙る姿から、それが見て取れる。  そして彼は、まだ側の人間なのではないかと、この場の状況に呑み込まれるのをおそれている、と同じふるえを抱いているのではないかと、そう思えてならなかった。  柚弥はその様子を、梗介の肩に乗せた手の甲越しに眺めていたが、やがてそこから顔を上げ、にこっ、と微笑んだ。 「わかった。じゃ、やろっか」  ごくあっさりと、まるで子供の返事でもあるかのような気軽さだった。  固まっていた彼は微かにびくっと震え、隣の生徒は「まじで?」と小さな歓声をあげた。  それを受け、梗介が口を開く。 「じゃ、三万な。言っとくが、一人だぞ」 「さ、三万……」 「当然じゃん。俺の体が、三千円くらいだと思う?」 「だ、だよなあ……」  たじろいでいた二人は、やがて意を決したように梗介の前へ歩み寄り、財布から数枚の紙幣を取り出した。  梗介の手の中に、紙幣が、まるでスローモーションのように、流れるように落ちていく。  僕は、それをまるで白昼夢を見るような心地で眺めていた。 「じゃ、後はお好きなように」  そう言って梗介は新しい煙草に火を点け、変わらぬ冷めた横顔を窓外へ向け、薄く煙を吐き出していた。  たなびく煙とその下に沈む沈黙。教室内に落ちる複数の影。床に間伸びする、濃灰と橙の対比(コントラスト)。  契約は、成立してしまったのだ。  取引が済んだ後も、二人の生徒は臆したようにその場から動けずにいた。  僕も、このまま何事も起こらず終わってしまえばいいと思っていた。  そもそも、やるって、何を。  一体何を やるって言うんだ。  僕にはわからなかった。 ——いや、本当は解っていた。  きっともう、知っていた。  頭の中で、一体何が起こるのか、これまでの充分過ぎる程の欠片(パーツ)から信じがたい『答え』は(かたち)づくられ、解りたくもないのに、きっと理解していた。  それを解りたくなくて、認めたくなくて、全てない事になってしまえばいいと、その夢想にまだ願って虚しくしがみついていたいだけだったのに。——それなのに。

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