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#13 つついて、開いた蓋 *
先に動いたのは、柚弥だった。
音もなくふわりと座っていた机から片脚を降ろし、二人のもとへ一歩踏み出した。
「どうしたの。やらないの……。お金、もったいないよ……」
先程までまだ纏っていた無邪気さが消えて、なんとも言えないなまめかしい声音と唇の吊り上がりを張りつかせながら、柚弥は近付いた。
「折角だから愉しもうよ……。払った分は勿論、それ以上の悦 い思いは、させてあげるつもりだけど……?」
お陰でリピーターが増えて困るんだけど、と独りごちるように呟き、くっくと笑っていた。
背中から厭な汗が流れるのを感じた。
柚弥は終始臆したままでいた生徒の前に立ち、にこっと可憐に微笑んだ。
「……ユッキー、俺、本当はこんな形で……っ、」
最後の言い訳みたいに呻いて、彼が足掻く。
柚弥はすうっと人差し指を彼の唇に当て、「しーっ……」と子どもへ言い聞かせるように優しく唇を尖らせた。
「リョウ君が廊下とか、いつも遠くから俺のこと見てたの、知ってる」
「……っ、」
「うん。だからもう、黙って?」
そう囁くやいなや、柚弥の腕が優しく彼の首を包み込んだように見えた。
「ユ、」と彼の声が聞こえたような気がする。
だけど次の瞬間には、首を傾げた柚弥の唇が、羽毛のように彼のそれに重なって、一切の惑いも声 も、その中に閉じ込められていた。
「——……っ……!」
僕と彼は、多分同時に息を呑んだ。
柚弥は、瞳を閉じて唇を重ねていたが、深く口づける訳ではなく、やがて優しく、まるで子供を甘やかすように、本当に軽く、彼の唇のかたちをゆっくりゆっくり啄み、触れ合わせているだけのようだった。
大丈夫、大丈夫。
唇と唇。そこからは動いてないのに、彼の伏せられた睫毛、容の佳い鼻、研がれた顎が、
硬直する彼の鼻先にくすぐるように添われて、美しい人形のような頭が、所作のように滑っていく。
それがふと、紅い舌が覗いて、つうっと彼の唇を舐めた。
つん、つん。上唇、下唇。
閉じることも出来ず、ほんの少しだけ開いた彼の唇をつつき、そこから生き物のようにゆるゆるとうごめいて、彼の唇のかたちそのままになぞる。
なぞられている彼の、首の中心が怖れるように上下して、周りの皮膚が小刻みに震えているのが判る。
柚弥は決して、彼の唇をこじ開けようとはしていなかった。
ただ啄む。なぞる。気まぐれのようで、だけどどこか愛 しむように。
それを繰り返して、臆病な彼の、開きそうで開かない、かたかたと揺れている小さな『蓋』を、そっと幾度も撫でているようだった。
やがて小さな音をたてて唇を離し、腕の中で彼と見つめ合った。
彼を見つめる柚弥の涙袋が、優しく緩む。
リョウと呼ばれた少年の、何かが切れたような音が聞こえた気がして、
やにわに柚弥の頬と顎をつかみ、噛みつくような勢いで柚弥の唇を自分のそれで覆った。
閉じ込められた荒い吐息が躍動して、たかが外れたように柚弥の口内を掻き回していく。
勢いで柚弥の体が後退し、机に打たれて、床が擦れる音が響く。
「ん、」と吐息を零しながら後ろ手で机に掴まり、軋ませながらも、しがみついてくる彼の唇を、瞳を閉じ腕に添わす指とともに、受け容れていた。
「ずりー、リョウ。一番乗り」
それまで唖然と事の成り行きを見守っていたもう一人の生徒も、あやしく視線と唇を歪ませ、柚弥の体に背後から腕を回した。開いたシャツの隙間から、蛇のように指を忍ばせる。
「俺だって、やりたくなきゃここまで来ないっつーの」
差し入れた手が奥でかき混ぜるようにうごめく。
びく、と震えた柚弥の首筋に彼が後ろから口付けた。
「リョウ、ユッキーのシャツ、脱がして」
「……」
「やらないなら、俺がやる」
「嫌だ」
柚弥の唇に翻弄されていた彼は、顔を離し、もうその目から惑いは消えていた。
シャツの釦に手を掛け、もどかしく外そうとするも、逸る衝動が邪魔をするのか指がもつれる。
苛立ったように、ついには力任せにシャツを剥ぎ、釦の糸を引き裂いた。
床にぱらぱら……、と儚い音が零れた。
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