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#10 俺は今でも
「——姉ちゃんがいなくなって、もうすぐ二年じゃん。…………まだ駄目なの?」
「ちょっと待て、何の話をしてるんだよ……」
「瀬生さんだってまだ若いんだからさあ。このままいつまでも一人、て訳にもいかないでしょ。
寂しいよ。姉ちゃんだって、きっと許してくれるよ。…………何だったら、次の人までの繋ぎでもいいよ、俺は」
「いや待て。何を言ってるんだ」
「俺だったら、気心知れてるからまだいいでしょ。一応姉ちゃんとも血繋がってるんだし、」
「ふざけるな、そういう話をするなら、もう帰、」
「いいや帰らないね!」
強い口調で牽制したつもりが、さらにその上が跳ね返って来て、椋田は混乱して柚弥を見返した。
「…………言わせて貰うよ、この際。
こんな二人きりになるチャンス、滅多にないんだから」
「……」
「ずっと待ってたんだ。二人だけになれるの…………」
声を荒げたわりに、どんどん瞳と口調が澱むように暗く沈んでいく柚弥に、椋田のなかの不穏がみるみる増長していく。
「単刀直入に言うけど……、」
「…………」
「俺のこと、もう抱いてくれないの?」
椋田は、信じられないものを見るような瞳で、柚弥に瞠 いた。
「瀬生さんの中じゃ、もうなかったことになってる訳?
……あの時のこと、俺、一度も忘れたことないんだけど」
「…………柚弥」
怒りを感じると、確かに頬が紅潮していく。
だが身内に湧き上がり破裂しそうなものは、何故か驚くほど冷え冷えとしていた。
「いい加減にしろよ。 もう、やめろ」
「嫌だね黙らないよ。——何で? あの夜のこと、なかったことになんか出来ないよ。
たまに思い出すと、何だかもう、切なくなってくる……。
瀬生さんは、どうなの。俺、はっきり言って、
このまま死んでもいいくらいに、めちゃめちゃ思ってたんだけど……!」
「…………っ……」
「俺は今でも、瀬生さんのこと…………っ、」
「——何やってるんだよ」
自身の冷えた怒りなど、些末なものだと瞬時に感じ取った。
もっと腹の腑の底から、凍えきった感情が刃 のように跳んで来たからだ。
二人が振り返った先に、戸口で、
心底軽蔑しきった眼で二人を凝視しながら、
——梗介 が、昏い氷塊のような冷気を立ち昇らせ、佇んでいる。
今の、聞かれたか。 特に、最後の方。
身内が冷めるような怖れをひそかに抱えながら、柚弥は梗介から瞳を逸らした。
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