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#55 見せない陰に、見えたもの

 瞳を伏せ、言葉を搾っていても、柚弥の芯のある瞳が、僕を捉えようと強く見つめているのは、よく判った。 「先輩は……。そうだな、結局、最後まで先輩は、自分の感情(おもい)みたいなものは、口に出さなかったよ……。そりゃそうだよね。僕なんかに見せる訳がない。 僕は、始めから感情に任せて、勝手に引き返せない暗示を掛けて、結構ずけずけと、不躾なこと言ったと思う。それこそ、土足でに踏み込んだんだ。 きっともう、柚弥君は自分の生き方だとかに、傷ついてる。擦れた顔して嗤ってるけど、本当は"辛い"って決めて掛かってたんだ。それなのに、この人は何をしてる、何を考えているんだろうって」 「……」 「今考えれば、先輩からしたら、随分生温くて、今更な、子供みたいな甘いことばかり、僕は本当に繰り返してたと思うよ。 だけどそれは、二人にとって、そもそももうことなんだ。 僕が突っかかってる問題(こと)なんか、僕の知らないところで、きっと二人で、多分気が遠くなるほど、来たんだ。 本当に、知り合ったばかりの僕が、口を出せる地点にもいなかったんだよ。 ……だけど、先輩は僕の言い分を、黙って最後まで聞いてたよ。 ——凄いね、先輩は。大人だ。 柚弥君が言った通り、何というか……。折れる部分が、全然なかったし、卑しいとか浅い姿を、先輩はまるで見せなかった」 「……」  柚弥は、立てた片膝を抱くようにして座って、身じろぐように瞳を横に逸らせた。 「先輩は、自分というものを見せなくて……。……逆に僕が、丸裸にされた感じだったな。そもそも、どうしてあそこに行ったのか、僕自身も曖昧だった部分、そっくりそのまま射抜かれて、先輩は全部知っていたんだ。 自分の生半可さとか、浅さとか……。部分も、全部剥かれて、僕自身が、『僕』のことを目の当たりにされたようだった…………」  そうだ。この内に隠して、見て見ぬふりをしていた、僕の決して潔白なんかじゃない、 『裏側』の汚れた姿(かんじょう)も、全て…………。  目を落として黙り込んだから、柚弥が訝しむように僕の姿を瞳に映して見張っている。  僕は、ことについては、やはり柚弥(かれ)に明かすことは出来なかった。  ——僕は、狡い。その狡さを、彼に安心させることを隠れ蓑にして、隠して、彼に微笑んだ。 「……先輩は、そうやって自分のことは出さなかったけど、それはそのまま、柚弥君と自分の関係(こと)を、護ったんじゃないかな。 見せる気、誰にもないし、寸分も知らせる必要も、知る資格もない、って感じだったよ。 柚弥君は、先輩が孤高すぎるから、自分のことなんか重要視されてないみたいな言い方してたけど、……それだけ、先輩もやっぱり、柚弥君のことが凄く大切なんじゃないかな…………。 ——それが、何となく解ったよ」 「…………何それ」  ますます居心地が悪そうに、柚弥は今度は両膝を抱え込むようにしてその中に顔を潜らせ、呻いた。  こういうところが、やっぱり思いの外素直で、感情がそのまま見えてしまうんだなと、 微笑みが心に滲むような気づきをまた覚える。 「…………だから。先輩には、謝っておいて欲しいな……。 そうやって先輩が大事にしているものにも、僕は不用意に近付いて、護らなきゃいけない真似をさせたんだから……」 「ええっ、何でだよ……。裕都君どころか、何かしたのは、梗介の方なんでしょ……、」 「うん、そうだけど……。それは僕がそうさせたのであって、……僕はやっぱり、先輩のようなことを、言ったんだと思う…………」  そうでなければ、あの寒気。  それまで、無機質な石膏のような眼で僕を凝視していたのに、その直前に、何を言ったのか最早判然としないが、 瞬間を機に、この身を()かれるかと戦慄するほどの寒気に襲われた。  もしかしたら、おそらく、梗介(かれ)が唯一生身の感情を見せた瞬間だったのかも知れないと思えて、心の中から容易く放棄することは出来なかった。  それは、その時感じた怖れは、そのまま奥にある梗介の『こころ』の一片に、目を凝らさなければいけないほどの遠さかも知れないが、繋がっていたのではないかと、僕を覚えず想いを馳せそうになる。  だけど。  僕のこころを知ろうと、ずっと見つめ続けている柚弥へ、『答え』を返すように僕は告げる。 「やっぱり……、 後悔は、してない——」

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