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#57 最後通牒の調べ

 空いた口が塞がらないの余韻が、どうやら過ぎた後、柚弥は背後のビーズクッションに背中を沈み込ませ、まだ僕への適当な表現をなすための、言葉を探しあぐねているようだった。 「凄いな……。大物というか、最早男前が過ぎるよ……」 「大物なのは、多分柚弥君や、先輩の方がよっぽどだと思うよ……。 ……それだけ柚弥君の見せた色々が、何だかもう、追わざるを得なかった」 「何だそれ。気をつけた方がいいよ。女の子だったら、きっと惚れちゃうやつだよ。——てかもう惚れる案件だな、これは」 「そんな訳ないでしょ……」 「それで、後悔はないんだ……」 「……うん」 「凄いなあ……。俺の人生なんか、泣きたくなるほど後悔のしきりだよ。大した年月、生きてもないけどさ」 「……先輩は、後悔しなさそうだね」 「しないねえ、あの人は。清々しいほど。梗介の対義語は、『後悔』だからね」 「面白い」  二人に纏わる独特な皮肉に、少しずつ触れて解ってきたような気がして小気味よく、思わず笑みを漏らしていた。  柚弥は静かな微笑をしのばせて、その様子を見守っているように思えた。 「…………でも、その男前も、もうこれで最後にしてね」  俯いてそう告げた柚弥の、言葉は(あきら)かに聞こえたけど、その緩やかな髪に隠された瞳は見えなくて、僕は思わずその奥を覗こうとする。 「やっぱり裕都君は、俺に、というか俺達には、近づいちゃいけないよ」  顎を上げて、流れるような前髪が寄れて、僕を見据える柚弥の瞳は、怜悧な色がさらに冴えて、そこへ真摯さを伝えるように真っ直ぐに僕を(とら)えていた。 「そもそも俺達は、裕都君みたいな善良な子が、近付いて良い人種じゃない」 「……」 「もう昨日からでも、充分解ったでしょ。殆ど言ってないけど、お察しだろうけど。 いやきっと、それ以上のえげつない真似、やってる。腐るほど、やって来てる。 過去も、今も、そしてこれからも、汚れが酷過ぎて、とても他人(ひと)には言えない人生だ。 でも、それを恥とすらも、もう何とも思っちゃいない」 「……」 「誰も近付いて来なかった。こんなとこまで、誰ものぼってなんか来なかった。来たとしても、ひいてあっという間にいなくなったよ」 「……」 「……人のこと、きっといっぱい傷つけて来たと思うよ。足蹴にするような真似もしてきた。 でも、そんなの別にし、振り返るつもりも理由も持ち合わせてないね。 これからも、誰も顧みないよ。 "俺達"は」 「……」 「——梗介も、もう『二度目』はないよ」  屋上で感じたあの悪寒が、そっと背にそのかたちを添わせたような気がして、僕の心は僅かに青ざめた。 「普通に、裕都君が良いんだったら、これからも隣で、『仲良く』するからさ。……それで良いでしょう?」 「……」 「——正直、こわいよ。俺も。 どうなるか判らなくて。 誰もまで、近付いて来なかったんだから」  クッションに預けていた身体は起こして、背筋を伸ばしていた柚弥は、その華奢な腕を何かから護るような、抱き込むように片方の掌でかぼそげに押さえていた。  そこから、その前に言った彼の言葉が、彼が常に胸の内で膝へ抱え込んで押し隠している、彼の本当の"こえ"であったかのように想えた。 「だから、もう最後にして…………」  何かの曲の調べのように、その綺麗な音は、僕の部屋を流れて、 音もなく床を弾いて、溶けてどこかに消えたような余韻を残した。  僕は、その音の行く方を探して、瞳を上げると、 柚弥は、澄んだ泉のような透さを感じさせる微笑で、僕のことを見ていた。 「今日は、泊めてくれて本当に有難う。来週から、また宜しくね」  彼が僕の部屋(ここ)に来て、きっと見つけた結論を、その綺麗な微笑みと音で見せて、僕へ静かに示した。

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