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#58 友達

 消えたと思っていた柚弥の言葉は、いつの間にか僕のすぐ傍にあって、その『結論』という姿を成して、僕の胸の内へ、すっと静かに入っていくのを感じた。  それが僕のなかへ溶けていくのを、確かに感じた僕は、 その温度を()った証のようにまぶたをもたげ、柚弥に向かい、答える。 「解った…………」  微笑んでいた口許を、もう引き結んでいた柚弥は、瞳に瞬きを一度加えた。 「…………じゃあ。そういうのとか、今までのこと、 全部込みで、言うけど……」  僕が何かを切り出すように口を開いたから、柚弥(かれ)も沈んでいた睫毛を浮かせて、僕の瞳に自分のそれを合わせようとする。 「本当は、夏条先輩を介した方が、良いのかも知れないけど……」  瞬きの速度がゆっくりになって、彼が僕を、僕の言葉を真摯に汲み取ろうとしているのが伝わる。  自分を見せるためには、身を斬るようにして開く彼は、その傷つきやすいこころを護るため、誰も入ることの許されない『聖らか』な場所へと、直ぐにその身を閉じ籠めてしまう。  だけど、彼はそうやって、いつも僕のことをも、としてくれるんだ。  だから僕も、気負いのない凪のようなこころで、自然と僕の言葉を繋ぐことが出来る。 「僕は、"君"に言いたいから、君に言うよ。 だから、柚弥(ゆきや)君も、柚弥君で考えて欲しい」  僕の言葉を落とし込んでいく柚弥の瞳が、『そのまま』の彼だと、わかるような無垢な色合いを広がせていく。  それを認めた僕は、やっぱりを、自然と口から出していた。 「やっぱり僕、君と友達になりたいな」 『俺達、友達にはなれないかも知れないね』  あどけなささえ漂った柚弥の瞳は、一瞬静まって、不可解さえ滲まないような微かな眉の顰めを過ぎらせたが、そのまま、彼の冴えた輪郭を映えさせる、いっそ無表情になった。 「…………裕都君。 さっきの俺の話、聞いてた? 一応、頑張って言葉とか、選んだつもりだったんだけど……」 「うん、聞いてた。頑張ったのなら、ごめん……」 「…………なら」 「うん……。言ったけど、全部込みだよ……」  なんで。ようやく険しさを、その繊細な眉に僅からながら滲ませている。  真摯さが増しているから、不満がある子供みたいな表情(かお)をしていて、思わず笑みが零れてしまいそうだったけど、本当に怒ってしまうだろうから、 僕は何とか、彼を刺激しない程度の唇の緩みに留ませた。 「…………何でって。——だって、柚弥君も、今さらもう、無理だと思わない……?」 「……」 「転校早々、いきなり、あんな凄い姿見せられて、正直に見たって言ったら、中味、開き直って結構ぶち撒けられて。 僕も開き直って先輩巻き込みに行って、返り討ちに遭って、おかしな目に遭って、しまいにはとうとう、先輩殴ってまで(うち)に来てさ……。——今さらだよ、申し訳ないけど」 「……」 「そうやって、僕の部屋にいて、僕の服着て、勝手に僕のクッションに寛いでぬいぐるみいじってる、 そんな子を、今さらもう、ありきたりなただの、の『隣』の子になんか、戻せないよ…………」  きっと君は、僕のことを純粋で"潔白"な子だと信じている。  だけど違う。全然違う。夏条先輩は、見抜いていた。  今も、梗介の冷えた獰猛さを伏せた眼が、僕の有り様を、排他物質の動静を捉えるように、眦をほそめて、遠くから常に凝視しているのを感じる。  だけど、気付いたんだ。  僕は、どうしようもなくありきたりな存在だ。  誰もが近づきたくて、近づけない柚弥(きみ)は、あまりにも遠い。  だけど、そんな僕でも、今のが、君が求めていて、ものがあるのかも知れない。  いつか、君は僕の隠している本当を、"すべて"を、知るときが来るのかも知れない。  そうしたら君は、どんな顔をして、そして僕のことを、許してくれるのだろうか…………。

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