102 / 163
101
ひとまずは宿である。
エルマー達は町に馴染むようにと旅装束をとくと、ラフな普段着にインベントリのみを体にくっつけて、他国から来たということをバレないようにした。
要するに、またあれをやるのだ。
「なんか、定番になりそうだなあ。」
「密入国と密出国。ふふ、まるで犯罪者のようよなあ。」
サジがのんきに言う。長い髪はまとめ上げられ、白いワンピースのような長い着丈のチュニックにパンツだ。マントやらは小さく丸めてエルマーのインベントリに突っ込んだ。
アロンダートも、着る服がないとか言い出したのでエルマーの予備のシャツを貸した。生成りのそれは褐色の肌によく生えており、アロンダートの長い髪もターバンのように布で纏めている。
「える、つかれてる?」
「疲れてるのは俺じゃなくてこの服装だなあ。」
年季の入ったよれたシャツに穴の空いたズボンにサンダルのみのエルマーは、どう頑張ってみてもくたびれた様子が拭えない。戦えるようには見えないが、それはレイガンも同じだった。
「仕方ないだろう。サジとアロンダートに限っては、どうしても金持ちの雰囲気がとれないんだ。俺たち二人ぐらい、貧民っぽくしておかないと馴染めない。」
「ナナシは?ナナシもひんみんする?」
「おまえはあちら側だな。」
チュニックにポシェットのナナシも、目立つ髪を纏めている。アロンダートとサジの兄弟に見えなくもない。ジルガスタント以外は、未だ貴族と貧民の格差が目立つ。好んで貧民のような格好をする貴族もいるらしいが、基本は街に繰り出す貴族は従者が侍るのだ。
「つーわけで俺ら従者な。」
「ナナシもえるといっしょがいい」
「エルマーが貴族らしく振る舞えると思っているのか。」
レイガンの言葉に、サジが吹き出した。あのときの夜会を思い出したらしい。
エルマーは面倒くさそうな顔をしてレイガンの腕を縄でくくると、それを真ん中で切断してロープを両手首から垂らすようにした。
「なんだこれ。」
「カストールは、貴族が奉仕活動とかで奴隷や貧しい貧民を買うんだ。ほんでロープを切ることで、自由を与えられるほどの権力をもつって目に見えてわかるようにすんだよ。」
「ほお、やけに詳しいなエルマー。」
「まあ、生まれはここだしなあ。」
皆、エルマーの一言にぽかんとした顔をする。まるで何を行ったのか理解できないといった顔で、平然と宣うものだから、下手すれば聞き逃していただろう。
「はあ!?」
「あれ、いってねえっけ。」
「エルマー!!お前シュマギナール国民ではないのか!!」
「ちげえよ、カストールだもんよ。」
アロンダートもサジも、初耳だったのだろう。ぽかんとした顔をすると、またこいつの秘密主義は…と渋い顔をした。
エルマーはカストールを出ていったのだ。まだ13のときに孤児院を抜け出して、この国が嫌で嫌で仕方がなくて抜け出した。本人は深くは語らないが、与えられる側だったエルマーが、与える側の貴族に頭を下げ続けるのが嫌だったというのもある。エルマーがいた頃のカストールは、本当にその格差の酷さから国を逃げ出すものも少なくはなかった。
「ここ、えるのおうちあるのう?」
「あー、どうだろうなあ。」
エルマーはまきまきと自分の両手首を器用に拘束すると、齒で紐を締め上げた。懐かしい感触だ。両手を突っ張らせ、真ん中を切ってもらう。紐が切られていないのは買いたてを意味するのだが、今はどうだろうなあと思った。まあ、万全を期せばいい。何事も重要なのは下準備である。
「エー!マタヤルノ!マタテイインオーバースルノ!」
「まあ、夜だからすんなり入れるだろう。お前しか夜廻りの衛兵ごまかせるやついねえんだわ。」
「ウウ、コキツカワレル。ドコオリレバイイ」
「この岩場超えたとこに墓地があんだ。そこの中に墓守の小屋があるから、そこに降りろ。」
「人がいるのではないか?」
「ああ、あそこは出るからな。夜が近づくと人がいなくなるんだあ。」
でるとは…と言う顔をする。サジもアロンダートもレイガンも、まだゴーストは見たことがなかった。カストールは南の国で、その美しさから天国に近い街と言われているのだが、その古い墓地は宗教の関係で土葬のものが多く、未ださまよい続けるゴーストが出るのだった。
エルマーの記憶が正しければ、もう日が沈む前から帰る準備をし、日没と同時に帰っている。この国のものなら、まずそんな曰く付きの墓地には足を運ばない。
ーええ、僕もゴースト見たことないんですよ…怖いですね…
「いや、おまえもゴースト見たいなもんだろう。」
ーあ、そうでした。
ルキーノの魂は結界を使って固定しているので安心だが、もし固定せずにそのままにしてしまうと魔素に侵食されてしまう。むき出しの魂ほど純粋なものはなく、人間には魔力の充填になる魔素が濃ければ濃いほど悪影響へと繋がりやすい。濃度の濃い魔素は毒だ。たとえ人間だとしても、魔素の濃い場所には長くいられない。
「まあ、とにかくそこに降りればよいのだろう?というか、ゴーストなんぞ戦ったことはないなあ。」
「あー、まあナナシがいればなんとかなんだろ。」
「う?」
わしゃわしゃと頭を撫でられキョトンとする。自分も見たことがないので、勝手がわからない。どうするのだろうと少しだけ困ったように眉を下げると、アロンダートがなるほどと感心したように言った。
「ふむ、聖属性の結界か。」
「そーそー、それでゴースト来ねえように境界作っときゃあ平気。」
「エルマーはどうするのだ。」
「ん?ああ、俺は俺でどうにかなるから安心してくれ。」
がしりとレイガンの肩に腕を回すと、引きつり笑みを浮かべられる。またこのペアかといった具合である。
作戦会議と言ってもいいのかわからないやり取りのあと、ギンイロがぶわりと体を大きく転化させた。
背にはサジとナナシが乗り、アロンダートは背中に羽根を生やすとギンイロの尾を握りしめた。
体のどこかが触れていれば透明になることを理解したらしい。なるほど頭のいい男だと関心はしたが、普通の人間は空が飛べないのでアロンダートにしか無理だろう。
「ギンイロごと結界張っとけ。魔障受けねえうちに張っといたほうが楽だからよ。」
「はあい。」
いい子にお返事をしたナナシが、そっと手のひらを上げる。相変わらずの展開の早さで結界を構築すると、軽い音をたててギンイロが大地を蹴る。そのまま身を任せるようにアロンダートも飛翔すると、数秒立たないうちにフッと姿が見えなくなった。
「ジクボルトの家で、国の話を少ししたんだが…。あのときはお前倒れてたもんな…。」
「…あんな訳わかんねえ奴には聞かれても答えねえけどなあ。」
「そんなに隠したいことなのか?カストール出身だってこと。」
「逃げ出したってひけらかす奴いるわけねえだろ。こんなことなけりゃ、国に戻るつもりもなかったしなあ。」
エルマーは面倒くさそうに岩場に腰を下ろすと、燃えるような夕焼けが徐々に藍色に侵食されていく空を見上げた。
その顔は、感情を読み取れない。国が無くなったレイガンには、国を逃げたものの気持ちはわからない。この場合罪になるとしたら、エルマーはどんな罪になるのだろう。そんな詮無いことを考えても仕方がないとわかっているが、少しだけ気になった。
「13の時ににげだして、4年間放浪した。色んな事やったなあ。人殺しは流石にそんときゃしなかったが、まあ金がなかったしな。本当に、色々。」
自分が17の最後の時だった。ソロで活動していたエルマーに目をつけたパーティに、仲間に入れと誘われた。無属性だ、誘いの手はまずない。しかしその柔軟性に飛んだ魔力行使で、エルマーは自分の知らないところで名が知れ渡っていたらしい。幸いエルマーなんて珍しくない名前だった。だからこそ自分のことではないと思っていたのだ。
名指しで指名され、会うことになったパーティは、ギルドの中でも名が知れ渡っているものだった。
今はいいが、昔はとくにギルドは荒れていた。
上位グループからの名指しは、ギルドに属するものからしたら憧れである。
それを、たった17の男が受けたのだ。今より筋肉量も少ない、痩せっぽちのエルマーが。
当然、俺こそが本物のエルマーだというものが出てくる。とても面倒くさい展開になったのだ。
「いやあ、まじで気が狂ってた。同じ無属性持ちの同姓同名掻き集めて、謎のトーナメントだぜ?とんだとばっちりだろう。」
「それで、君はどうしたんだ…」
レイガンはなんとなく想像して、エルマーが面倒くさそうな顔をして伸していったのだろうなと想像する。しかし、話は思わぬ方向に行ったのだ。
「まけた。」
「は…?君がか?」
「お前が俺をどんな目で見てんのかは知らねえけどよ…。人間相手の加減なんて知らねえし。殺しちまったらどうしようってビビりまくったせいで、そりゃあもうボッコボコ。半殺しなんてもんじゃなかったね。」
「君は…なんというか、不器用なんだな…」
今も対人戦は苦手だ。魔物ならともかく、余程キレない限りは避けるのみか、一撃でのせなければ殴られて終わらせる。エルマーの無属性魔法は、繊細な魔力操作で服を着るように部分強化するものだ。もはや癖になりすぎて、無意識のうちに使っていることもある。
だからこそ、その状態で対人なんてしてしまえばお尋ね者になりかねない。
「エルマー、おまえのめちゃくちゃな剣さばきって、もしかして独学か…」
「おうよ。拳で人殺すのビビってんよりも、剣使えんほうがびびんなくていいんだわ。」
「なるほど…そういう…」
普通は得物を使うことで間合いを取りながら戦うのだが、エルマーが得物を使う理由は殺さないようにというから本末転倒である。
魔物相手には容赦はせずに大鎌で一太刀だが、人相手だと短剣なのはその理由らしい。
いわく、長い長剣や両手剣などは動作が大振りで隙がわかり易いからだという。だから殺さずにいなしながら相手がつかれるのを待つ。
エルマーが本気で剣を使ったのなんて、戦争くらいだった。
「戦争はよお、人殺すのに剣の作法なんて必要ねえだろう。だから剣で人を潰してもなーんも咎められねえ。楽っちゃ楽だが、まあ自分が魔物になっちまった気分だったなあ。」
今思えば、戦争に参加したのも剣を学ぶためだった。教えを請うよりもぶっつけ本番のほうが身に入る。エルマーがフルボッコで負けた理由を見抜いていたパーティのリーダーは、もっと伸び伸びとやれと訳のわからない説教をして義勇軍に突っ込んだ。そこから戦争中国軍に引き抜かれ、また我武者羅に戦って、気がついたら左目を落として退役していた。18からの5年間、エルマーは戦火を走りつけた。
退役したら、もう一度パーティに誘うからと言ったあの男は、自分も参加した戦争で死んだらしい。
今はもう、あの男と同じ年齢だ。
「………。」
「あ?なんだよ。」
じとりとレイガンがエルマーを睨みつける。その不躾な視線に居心地の悪さを感じながら見つめ返す。
「俺のときは、短剣で本気でぶつかってきただろう。あれは割と、俺は怖かったんだが。」
「いや、あれはだってお前が悪いだろう。」
「まあ、エルマーの苦手は普通の人の得意になるのだろうな。まったく、自分のことを測ることも出来ないとは…本当に不器用だな君は。」
「なにこれ褒められてんの?」
「いや、褒めてはいないな。」
にべもない。エルマーは引きつり笑みを浮かべると、だからこいつ友達いねえんじゃねえかなあと失礼なことを思った。しかし、レイガンの言葉は確かである。エルマーは自分の努力を努力として理解しない節があることを、レイガンは少しだけ不満に思ったのだ。
気づけば夕焼けは夜に塗り替えられていた。エルマー達の頭上にギンイロが見えてくると、話は終わりと自分語りをむりやり閉幕する。
こんなとこにきたから、つい話してしまった。らしくねえなと思う。救いだったのは、ナナシがいなかったことだろう。昔のダサい自分なんて、知られたくなさすぎた。
「まあ、今もかっこよくはねえんだけどよ。」
「なんか言ったかエルマー。」
「別に何も、おら行くぞ。」
エルマーの独り言をレイガンが拾う。軽くいなすと変な顔をされた。
ギンイロに跨ると、オモイ!と言われながら飛び上がる。そりゃあサジやナナシに比べるとそうだろうと思ったが、律儀に謝るレイガンが可笑しくて、あは、と笑った。
ともだちにシェアしよう!