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#2 よく判らない奴と

 その落書きのことは、すぐ忘れていた。  思い出したのは次の日本史が再び巡って来た時だった。  椅子に手を掛け、視界に入った机の右下にはっとして思わず座る前に顔を寄せた。  増えたのだ。落書きが。  前回の六番目の敵と俺の加筆はそのままだった。  その右上に、花丸がある。  そしてすぐ隣に新たな落書きが追加されていた。――同じアニメの、一番初めの敵だった。  顔の上には一言、『目がかわいい』。  華奢な女子みたいな字だった。  それを見た俺は、考えた末その下に小さく『そうだね』とだけ相槌を残した。  つまらない反応だが、同感だったしまあ良しとした。  顔を上げれば、また授業開始から数分経過している。どうもこの落書きがあると授業が滞りちだ。  平城京の始まりに耳を傾けながら、気づけば同時進行で机の右下のことを考えている。  これ、次はどうなるのか。今一番目の敵だ。まさか順番に、敵を描くつもりじゃないだろうか。  それを想像して俺は苦笑した。何だか次を、少し愉しみにしていた。  予想は当たっていた。  次から俺の指定席には、二番三番とご丁寧に登場順で例の敵が現れた。  落書きがいっぱいになると、綺麗に消されてまた一からだ。  『ぐろい』『この回の話面白かった』『短足だからキライ』  もれなくそいつの所感つきだ。六番目はお気に入りらしく、順番を無視して度々登場した。  俺も都度一言やちょっとした加筆を出来たらして、奴に返した。 『君も描いてよ』  某敵が十体目を過ぎた頃だった。  この頃には落書きも砕けてきて、適当な画に『ね む し』、『今までのは全部(カメラの絵がある)済』としなくてもいい報告まであった。  『君も描いてよ』の横には、字と同じく女子が書いたようなぷっくりしたハートが添えてある。会ったこともないのにそいつの表情が浮かぶようだ。  描いてよと言われても、俺は描くのは論外だ。それでもその字とハートがつついてくるようで、仕方なくシャープペンを構えてみた。  奴が描いた次の敵。図形だ。図形だと思え ば、いける筈。  ……何だこれは。描いたそれと完成予想図との乖離に、逆に感動する。  見事撃沈した俺は、最早図形かも不明なそれを消し去り、『描いてよ』の下に『授業聞けよ!』と走り書いた。  おねだりに苛立った訳じゃない。そいつの落書きに正直愉しみを覚えていた。  なのに気の利いた返しを出来ない自分が、情けなかったのだ。

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