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「否やとは、言えまい」

「そうそう、あの姫のことだが」 ふっと宗明の睫が揺れる。 「この屋敷には来ないつもりらしいな」 「自分は領主の妻であって、私の妻ではないと、言われたよ」 佳枝の冷たい視線を思い出し、宗明の唇が薄く歪む。 「呆れた人だ。――――ということは、俺の正室に収まるという事か」 「否やとは言えまい。国主様の愛姫だしな」 「美姫ではあるが、なんというか……」 肩をすくめた成明に、はは、と宗明が軽い声を上げる。 「義妹殿には申し訳ないが、側室に身を落としてもらうしかあるまい」 頭痛を抑えるように、こめかみを指で押さえて顔をしかめる成明が、労わる色を浮かべて兄を見る。 「それで、納得しているのか。兄上の妻で、仮にも子を成した間柄だろう」 それに、諦めたような、穏やかな笑みを浮かべて宗明が答える。 「否やとは、言えまい」 その瞳は、ひどく遠い場所を見つめていた。 *** 領内にある在家村は、村娘の園を前領主が見分をしに来るということで、引き締まったような、浮ついたような、不思議な空気に包まれていた。

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