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60話 / 31,826文字 / 126
口惜しゅうござりまする
「よし、では領内に通達をせよ」
「何かの罠やもしれません」
「なんとも、厄介なことだ」
「否やとは、言えまい」
自分が、女であれば。
「俺は、いろいろなものを知らなかったらしいな」
「まったく、息が詰まってかなわん」
「そういう態には、なっているだろう」
「何を、言っている」
「兄上とは、何度会った」
変化は、怒涛のようにやってくる。
「では、行ってまいります」
「顔を、見せよ。こちらに参れ」
触れて、欲しかったんだ。
「このように、沢山溢れさせて」
「なれば――その口で、奉仕せよ」
今度は宗明が春吉を含んだ。
「いささか、御執心が過ぎるかと」
その声は、夜明け前の闇よりももっと、暗く重かった。
下世話な顔が間近にあった。
膝を寄せて声を潜めた光正の息がかかる。
好色な笑みを向けられた。
代わり身、なのだろうか。
「もう、日が暮れるな」
身を強張らせた隆敏が平伏した。
彼の心を求めていることを、自覚している。
「すぐに、兄上を連れていけ」
「私も、望みのためだけに動けるのなら」
隆敏が眉間に皺を寄せた。
「宗明様はいずこか」
「それで、春吉はどう思ったの」
「何があっても、宗明様の側に居たいんだ」
ならば、そのためだけに、行動をすればいい。
「無事だったかぁ」
「姉さん、僕、屋敷を抜け出すよ」
光正の言葉に、春吉は記憶を探る。
「あぁ、もう、知らぬぞっ」
呟いてみても、応える者は居ない。
「いったい、その格好は――」
「隆敏。この荷は、何だ」
「では、どうして――」
縋るような目を、春吉が光正に向ける。
春吉は成明の前に突き出された。
「国主様に、文を書いていたんだ」
「兄上を、頼む」
「兄上を逃がしたのは、俺だからな」
「それは危険だと、申し上げたはずです」
「味多様に、文を送った」
「本当に、私は何も出来ぬのだな」