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「では、どうして――」
「不安だろうが、俺がついているからな」
耳元でささやかれ、目を細める春吉に、あわてて言葉を続ける。
「あのまま逃げおおせることは、出来なかっただろう。最悪、斬られていたかもしれん。それよりは、こうして連行され成明様にお会いしたほうが、宗明様を助ける手立てがあるやもしれぬ」
瞬きをした春吉が見つめてくるのに、満足そうに光正が首を縦に動かす。
「そこまで、考えていらしたのですが」
「ん、まぁ、まぁな」
ふわりと、春吉が頬を緩める。光正は、とっさの思いつきで言ってみたことに自ら納得した。
――そうだ。俺は、そう思って春吉が塀を越えるのを留めたのだ。
狭い駕籠で自分の思考に満悦の光正は、春吉の腰に回している手に力を込める。
「成明様が、このように宗明様を貶めるようなことは、なさらないだろう。ご兄弟仲は、驚くほどに良いと言うし」
「では、どうして――」
ふむ、と光正が鼻の奥でくぐもった音を出す。
「佳枝様だろうなぁ」
ずき、と春吉の胸が鈍く痛んだ。
「宗明様の、御正室……ですか」
春吉の声が乾いていることなど気付かず、光正は下世話な顔を真面目に取り繕いながら話す。
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