21 / 60
下世話な顔が間近にあった。
――もう、呼んではくださらないのだろうか。
胸が、締め付けられる。あの指で、声で、瞳で、渡り廊下を進んだ美しい女達を愛しているのだ。
「どうした、春吉」
思わず胸元を掴み、立ち止まると声をかけられた。
「ああ、光正様」
「訪れるものもないからな、仕事がなくて暇をもてあましているんだろう。俺も、この屋敷にいると平和でなぁ。することもない。見目麗しい女も、見続けていると飽きてくる」
軽く肩をすくめられ、同意とも否定ともつかない顔をしてみせる。
「何かあった時の護衛と言っても、何もない。ぴりぴりしているのは、隆敏様くらいだよ」
そっと、目だけで周囲を見回し、光正が顔を近づけ声を潜めた。
「宗明様が、今まで以上に側室をお呼びになられているからな」
瞬きをして凝視すると、下世話な顔が間近にあった。
「領主であらせられた頃は、側室は形だけ。北の方の佳枝様だけを愛でられていらっしゃったのが、あらぬ疑いをかけられて隠居されることになったってことは、知っていたか」
首を振る。そのような話を、誰かとしたことはなかった。
「隠居をなされることになった理由くらいは、知っているだろう。あれは、完全なでっち上げで、国主の愛娘であらせられる佳枝様が仕組んだことって噂だ」
意味が、よく判らない。何故そのようなことをする必要があったのか。それが顔に出ていたらしい。
「部屋に来いよ。詳しく話、してやるからさ」
ともだちにシェアしよう!