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その声は、夜明け前の闇よりももっと、暗く重かった。
「側室にするのだから、何の問題もあるまい」
「宗明様――相手は、下賎の身の者です」
「おまえが、そういう言い方をするのは珍しいな」
「示しがつきません」
からかうような宗明を交わし、硬い目を向けた隆敏をしばらく見つめ、宗明は表情を消した。
「――――わかった。しばらくは、別の者を呼ぼう。人選は、任せる」
無言で頭を下げた隆敏から、先ほどの文を取って破り捨てる。
「俺は、女色に溺れた者となっておかなくては、ならなかったな」
その声は、夜明け前の闇よりももっと、暗く重かった。
***
あれから三月、春吉に声がかかることはなかった。夜が訪れるたびに耳をそばだて、目の前の渡り廊下を誰かが通り過ぎる音を耳にしては床に就く。その音が聞こえない日は、わずかなりと心が落ち着いた。
――女に飽きて、僕に手を出してみたのだろうか。
けれど、姉を所望するということはない。今夜は誰かが呼ばれるのだろうか。誰も呼ばないのだろうか。日暮れが迫ると、春吉はそのようなことを日課のように思い浮かべる。
――宗明様。
自分でも、なぜこれほど執心しているのかが理解できなかった。理由を探そうとしても、見つからない。ただ、あの三日間のことを思い起こせば甘い疼きとまどろみが身を包む。それが、ひどく寂しく心地よいものだということだけは、解っている。じっとしていれば、どうしても考えてしまう。するべきこともない。なので、春吉は屋敷内をうろつき、自分でも出来るような仕事を探して歩いていた。けれど、そうそう与えられることは見つからない。考えまいとすればするほど、宗明に可愛がられた刻を思い出す。
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