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「あぁ、もう、知らぬぞっ」
「他に何処も、思いつかないんです」
「あんなの、登っていたらすぐに見つかるって――って、あっ」
光正の言葉が最後まで終わらぬうちに、春吉が駆け出す。
「あぁ、もう、知らぬぞっ」
半ばやけくそになった光正も後を追って、低木の陰に身を潜めた。登りやすいように、裾を端折った春吉がすぐに垣根に飛びつく。光正もそれに続いた。登りきるまで誰にも見つからず、向こう側へ春吉が体を向けようとした瞬間、鋭い声がかかった。
「何をしている!」
その声に、光正が春吉を掴んで叫んだ。
「成明様のもとに連れて行こうとしたら、逃げ出したんだ! 手伝ってくれ」
「放してください。今なら、向うへ逃げられる」
「おとなしくしてろっ」
垣根にへばりついて格闘していると、手が滑った。あっと思う間もなく、二人揃って池の中に落ちる。水を含んで重くなった服に難儀しながら水面に顔を出すと、切っ先をこちらに向けた兵士と目が合い、春吉は睨みつけ、光正は愛想笑いを浮かべた。
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