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「本当に、私は何も出来ぬのだな」
肩をすくめる成明に、あっけにとられる隆敏の横で宗明が噴出す。
「やはり、領主は私より、おまえの方が向いているな」
「俺のような男が領主なら、領民は毎日が落ち着かないだろうさ。――さて、いくぞ隆敏」
「ど、どこへ行くと――」
「ここで座っていても、何もはじまらん。兄上と春吉には、座ってもらっていなければ困るがな。俺たちには、することがある」
「成明」
「心配そうな顔をするな、兄上。春吉も、父と姉のことは大丈夫だ。まかせておけ」
頷く春吉に頷き返し、成明が庵を出る。慌てて立ち上がった隆敏が一礼をして戸を閉めた。しばらくして蹄の音が始まり、遠くに消えて宗明は自嘲を唇に浮かべる。
「本当に、私は何も出来ぬのだな」
その声に春吉が顔を向けると、苦しげに柔らかく笑んでいる宗明の横顔があった。
「どちらにせよ、私には何も残らぬだろう」
独り言のように、宗明が続ける。
「召し上げた者たちは、あちこちに引き取られていくはずだ」
落ちていた宗明の視線が、上がる。
「成明が、まかせておけと言ったからな。そなたの父や姉のことは、心配をすることはないだろう。無論、そなたも、な」
自分のことは心配なくとも、宗明はどうなのだろう。春吉の脳裏に、自分を逃がそうと現れた光正の言葉が蘇り、それが口をついて出ていた。
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