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「国主様に、文を書いていたんだ」
「駕籠は窮屈だっただろう。茶を用意させよう」
ふいに解かれた緊張に、放心したように手を伸ばすと庭から引き上げられた。砂のついた膝を払われ、誘われるままに部屋に入る。少し待っていろ、と成明がどこかへ行き、所在のなくなった春吉は簡素な室内を見回した。宗明の部屋は、さりげなく細工や彫り物の素晴らしい調度が置かれていたが、成明の部屋には必要最低限なもの――庶民にはとうてい手の届かないような高値な――しか見当たらない。ふ、と文机に書きかけの書面を見つけ、覗いてみた。が、春吉に学はなく、何を書いているのかはわからない。他にすることもなく、それを眺めていると背後から声がかかった。
「なんだ、それが気になるのか」
飛び上がりそうなほどに体を震わせた春吉に、からからと笑いながら盆を手にした成明が近づく。
「す、すみません」
「国主様に、文を書いていたんだ」
床に盆を置き、丸座を勧める成明に困惑の色を見せるが、再度促され、成明と向かい合う形で春吉は座した。
「これで現実を知っていただけたら、いいんだけどな。そうでなかったら、俺は腹を切らねばならなくなる」
はは、と軽く笑いながら茶を口に含む成明の言葉に、文に顔を向ける。
「このまま、あの姫の虚言を鵜呑みにされたままでは、かなわないからな。兄上は、苦い顔をするだろうが」
仕草で茶を勧められ、おずおずと手を伸ばし、伺うように上目で成明を見ながら口をつける春吉に、首をかしげる。
「どうした――――ああ、そうか。文字が、読めなかったか。すまんすまん、つい、読んだものとして言ってしまった」
成明が、文机に顔を向ける。
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