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「何があっても、宗明様の側に居たいんだ」
「悔しかったのと、嬉しかったのと――姉さんに、嫉妬したんだ。優越感も、あった」
うなだれる弟に、園は声を和らげる。
「それで?」
「触れられたとき、ぜんぜん、いやじゃなくって。それなのに涙が出てきて…………嬉しいとかそういうの、全部超えてしまっていたような、そういうものがあって」
春吉はどんどん体を小さくさせていく。
「ただ――触れ合っていたいって、僕だけを求めて欲しいって、そう思って、苦しかった」
息子の告白を、父は呆然と眺めている。
「それで、だから……」
唇を噛み、顔を上げて姉と父を見た。
「何があっても、宗明様の側に居たいんだ」
何かを堪えるために、怒ったような顔をして言い終えた春吉の震える手を、園が柔らかく包む。
「私とお父さんが助かったのは、あなたのおかげだから好きにしなさい。ねぇ、お父さん。お父さんも、それでいいわよね」
呆けたままの父親は、娘に促され慌てて頷いた。
「けど、側に居たいって、どうやって側に行くんだ」
ちらと襖に目を向けた父につられ、外に意識を向けてみるが具体的な案は浮かばず、春吉はまんじりともせずに朝を迎えた。
***
しらしらと、朝が始まる。宗明は差し込む日差しに目を細め、庵の中にあった粗末な着物に着替えて外に出た。様子を見に行くと、馬はぶるんと朝の挨拶を寄越してきた。それに笑み、首を叩いて綱を外す。
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