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「春。私は、佳枝に感謝すら覚えている」
自分の掌を眺めた宗明が、それを握り締める。
「春」
まっすぐに、抱きしめるように宗明が春吉を見つめる。
「このようなことになり、佳枝を、恨むか」
見つめ返したまま、春吉は首を振った。
「宗明様が庶民も召し上げてくださるようになったのは、はじめに佳枝様が宗明様の生活が乱れたと仰ったからです。それがあったからこそ、父は助かり、姉も売られずにすみました」
「そうだな――こうして、そなたと言葉を交わすことも、なかった」
春吉の胸が、震える。
「春。私は、佳枝に感謝すら覚えている」
「え」
「そなたにとっては望まざることだっただろうが、そなたと触れ合った時間は、私にとっては――いや、すまん」
立ち上がった宗明は、春吉に背を向ける。その背に、唇を引き結んで声をかけた。
「佳枝様と僕は、似ていますか」
ゆっくりと、宗明が振り向く。
「姉と佳枝様が似ているのなら、僕も、似ているんじゃありませんか」
「誰が、そんな事を? ああ、いや。園が佳枝に似ていると言われていることは、知っている。だが、そなたに似ていると言う者が居たのか」
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