59 / 60
「国主殿が、盲目でなくてよかった」
「僕にとっては贅沢ですが、宗明様からしたら、ずいぶんと質素なように思えます。あのお屋敷で過ごさせていただいた生活は、本当に――――夢のようでした」
「そういう、贅沢ではない」
首をかしげる春吉に、どう説明すればいいものかと思案を始めた矢先、馬の蹄の音が聞こえて壁の向うに顔を向ける。
「宗明様ッ、失礼します」
すぐに大きな声が聞こえ、庵の扉が開く。いつになく興奮した様子の隆敏が入りざま膝を付き、喜色満面で伝えてきた。
「お戻りになれます」
「そのような様子の隆敏を、初めて見たな」
他人事のような態の宗明に、性急すぎて言わんとしたことが伝わっていないと判断した隆敏が再び口を開こうとしたのを、続いて入ってきた人物が遮った。
「事なきを得たぞ、兄上」
「成明」
頭を下げた春吉に片手を上げて返した成明が、どかりと腰を下ろす。
「国主殿が、盲目でなくてよかった」
「どうなったんだ」
「密使が調査をし、俺の書状の内容が真実だと報告をしたらしい。――――体面を保つため、兄上は隠居のまま。俺が領主。姫君は離縁させたとして手元に戻し、これ以上のお咎めはなし」
「無茶を、させたな」
「娘の戯言を信じて権力を振りかざすような国主に仕える気は、さらさらないからな。領民には、申し訳ないが」
ともだちにシェアしよう!