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朝比奈 海輝は失恋したらしい
今田と話すのが何だか面倒で、適当に受け答えをした海輝だったが、本人にも予想が付かない方向へと事態が進んでいた。
海輝が今田と別れてから数時間後。
社内が――厳密には一部の女子社員が煩かった。
爆発物でも届いたのかと思う程の謎の騒ぎ。
しかし、どちらかと言えば浮かれている。
喫煙所の一角にて。
煙草片手に経理課の大野と山下、甲斐は小声で話していたが時々声が大きくなるのでドアの向こうにまで会話内容が筒抜けだ。
朝比奈 海輝。
その名前が所々聞こえ、通りすがりの総務課の女子社員佐野は思わず、ドアに張り付いた。
隙間からニコチン臭さが漏れ出るが気にしない。
そして、話の内容に白目を剥く。
「朝比奈さん今回出席するらしいぞ」
「何によ」「忘年会だよ」
「マジか。クリスマスって予定があるからいつもキャンセルじゃなかった? 彼女かなーって噂だったじゃん」
「フリーってのも想像できねぇけど彼女ってのも想像できねぇな」
「女優レベルじゃないと無理よね」
「理想高すぎて逆に彼女いないかと思った」
「で、忘年会でるの本当なの? 席争奪戦起こるんじゃないの」
「今田の禿が色んな所で言いまくってたぞ」
「じゃぁ、嘘じゃん」
パウダールームにて、佐野がドヤ顔で「ねぇ知ってる? 噂でさぁ……」と先程耳にした情報を同僚の女子社員たちに漏らす。
メイクを止めて驚愕する姿に満足する。
皆が知らない事を知ってると言うのは、何だか気持ちが良い。
おまけにその対象が、性別問わず人気の男性社員の事ならなおさらだ。
ランチを終えてパウダールームへ入ろうとした営業課の女子社員花野と北村の存在に気付きもせず、佐野は想像を加え話を盛り上げる。
ちなみに花野も北村も立ち聞きをした時の佐野同様、衝撃の余りに白目を剥いていた。
完全にホラー漫画に出てきそうな顔である。
その二十分後。
社員食堂にて喜色を帯びた悲鳴が上がる。
煩いと幾人かの社員が冷やかな目をし、慌てて声を静めるが興奮してるからか声のボリュームは変わらない。営業課に友人がいる情報システム課の加藤は早速ランチ仲間内で大スクープとばかりに話題を持ち出す。
予想通り、盛り上った。
「えぇええ、朝比奈さん来るの?まじ?」
「総務の子が話してるの聞いたって」
情報元が微妙に不明確ではあるが、さも真実の様に話は盛り上がる。
「席争奪戦になるよね」
「なんで、忘年会部署別なんだよマジ死ね」
「あ~うちの部署、朝比奈さん忘年会に呼んでるらしいけど、どうなんだろ」
「つか、クリスマスってデートとか誰か言ってなかった?」
「絶対付き合ってる人いるって」
「そりゃ、あれだけ完璧な男に女がいないなんて絶対ないから」
「じゃぁ、何で忘年会でるのよ」
「上司命令らしいよ」
「今田さんでしょ? 絶対ないって」
「……彼女と別れたとか」
消去法で上司の意向で予定を変えている可能性が無いならば、失恋と言うスパイスで、朝比奈 海輝の毎年とは違った予定に謎の真実味が付加される。
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