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「お帰り」と迎え「行ってらっしゃい」と送り出したい

取り敢えず、錦の移動手段の問題は克服したので良しとする。 しかし、最大の難関は海輝側にある。 破裂寸前に詰め込まれた仕事のスケジュールだ。 会社は二十八日からは休みだが、海輝は年末年始も仕事をする予定だ。 振替休日6日程貰えるから、錦の冬休みがまだ終わらない内に、会いに行こうと考えていたのだ。 海輝は錦にざっと予定を伝える。 折角錦が来ても、日中は仕事で留守になる。 帰宅も遅くなるだろうし、一緒に過ごせる時間が朝夕の数時間だけだ。 錦が部屋に居ると言う事実だけで、海輝は充分幸せなのだが、錦からすれば放ったらかしにされて寂しいし退屈だろう。 海輝としても日中錦を一人部屋に残しておくのは何となく気がひける。 錦を放っておいて仕事など、あんまりだ。 勿体なすぎて、未練しか無い時間を過ごす羽目になる。 退職の文字が一瞬頭によぎる。引き継ぎなしで辞めたら、朝比奈上層部が激怒するのは間違いない。最悪、錦に累が及ぶ可能性が高い。 駄目だ。出勤せねば。 どうしたものか。 貴重な彼の冬休みを無駄にしてしまうのも何だか申し訳ない。 すると錦は一緒に過ごす事は初めから期待していないと言う。 一言「お前の側で除夜の鐘をきく」と言うのだ。 余りにも細やかすぎる望みに涙がでそうだ。 御免ね、防音だから窓を開けないと音が聞こえないよ。 例え窓を開けていても、立地条件的にも除夜の鐘がかなり遠くに小さな音で何となく聞こえる様な気がする程度だ。 『では窓を全開にし聞く。絶対に聞くぞ』 何この子可愛い。 ベランダがあるが、それを言えばコート着て待機しそうな勢いなので黙っておく。 風邪ひいたら大変だ。 『仕事とはいえ年末年始俺以外の誰かと過ごす予定なんだろ。だったら、仕事で殆ど留守にしていても、お前が帰るのを部屋で待って居たい。それで、朝起きて俺と挨拶して一日の始まりを迎えて、夜は俺の顔を見て一日を締めくくって欲しい』 夜帰ってきた海輝を「お帰り」と迎え、会社に行く海輝を「いってらっしゃい」と送り出したいと言うのだ。

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