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どう見ても劣勢だ。

「お疲れさま」 ――寝顔可愛いし良いか。 これから先、幾らでも時間は有る。 錦の頭が肩からずれ落ちない様に細心の注意を払い、テーブルの上のリモコンを取り上げた。 ジャズシンガーの映像と共に、歌声が途切れる。 テレビを消し、横抱きにしようと膝の下に手を入れるとハッと錦が眼を開く。 視線が絡み、錦が何度か瞬きをする。 「やっ、お早う」 「まさか朝なのか?」 焦る錦に思わず笑う。 可愛いなこの子は。 「夜だよ。さっきまでテレビ見ていた」 「アリシアのオーバーザレインボーは!」 「うん。彼女の出番は終えたところだ」 アリシアとは先ほどの黒人美女だ。 まだ歌っているだろうが、もう寝る時間だ。 「何だと。俺の知らない間に?」 「うん、まぁ、寝ながら聞いてたんじゃ無いのかな」 「そんなっ!」 「シャンパンオレンジのドレスが似合っていたね」 アリシアの出番を見逃したことよりも、うたた寝をした事が余程ショックだったようだ。 「まて、アリシアのインタビューが有るはずだ」 再度テレビを点ける。拍手とともに微笑みを浮かべるアリシアの姿に、海輝はブーイングする。 「えぇー……君、アリシア好きだった? 僕よりもぉ?」 紛争国出身の難民であることから注目を浴びた歌姫は、齢二十一にしてその歌声で世界を魅了した。興味深い経歴ではあるが、錦が歌手の歌では無くプライベートに興味を抱くとは思えない。 「良い声をしている。あと、彼女のインタビューは普段ニュースには出ない話が多い。国際情勢の勉強にもなる」 通訳者を交えて始まったアリシアのインタビューに錦が姿勢を正すが、しばらくして不安定に傾ぐ。そこで彼は我に返り背を正す。 しかし、次第に揺れる頭が海輝の肩に触れる。 睡魔と戦う猫の動画を思い出し笑う。 どう見ても劣勢だ。 ソファから崩れ落ちる心配が有ったから抱き込めば、暖かさに目がとろんとする。 かなり可愛い。 眠そうだ。 眠たいなら寝れば良いのに。

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