168 / 218
「どうしよう、記憶が無いんだ」
昔より重くなった体を横抱きにし、ベッドルームへ移動した。
AI音声認識サービスに照明を落としてもらい、錦をベッドに寝かせる。
隣に滑り込み、そっと抱き込めば小さく呻き錦がパチリと眼を開けた。
何てことだ。しくじった。
「ごめん。起こしたね」
「何をしている」
不機嫌そうな声だ。寝ている錦に何をしようというのだ。
額に口づける位ならしたいと思うが、それ以上は駄目だろう。
「何もしてないって、寝ようよ」
錦は探るようにこちらを見てくる。
まさか、寝てる錦に何かしようとしていたと疑われていたのか。
何もしていないのにそんな疑いをかけられるとは、大損ではないか。
それならば、ちょっと触る程度は良いかななんて不埒なことを考えていると、珍しく焦った顔で「海輝」と腕を掴んでくる。
必死で可愛い。
「どうしよう、記憶が無いんだ」
「まぁ、落ち着きなさい」
「先程まで俺はテレビを見ていた筈だ。まさか寝ていたのか?」
ベッドだと気が付いた途端に、かなりショックを受けている。
面白いが笑うのは可哀想なので何とか堪える。
「寝なさい」
「嫌だ。今何時だ?」
「二十三時過ぎだね」
眠いなら寝れば良いのに、錦は必死に起きようとする。
さて、どうした物か。
「寝ない。起きる。除夜の鐘も一緒に聞く」
「意地っ張りだな」
除夜の鐘を一緒に聞きたいとか、もう可愛いの代名詞のような子だ。
可愛いが服を着て歩いている様な物だ。
愛しい。
しかし、この部屋は窓を開けても立地的に、鐘の音は殆ど聞こえないのだ。
ともだちにシェアしよう!