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「どうしよう、記憶が無いんだ」

昔より重くなった体を横抱きにし、ベッドルームへ移動した。 AI音声認識サービスに照明を落としてもらい、錦をベッドに寝かせる。 隣に滑り込み、そっと抱き込めば小さく呻き錦がパチリと眼を開けた。 何てことだ。しくじった。 「ごめん。起こしたね」 「何をしている」 不機嫌そうな声だ。寝ている錦に何をしようというのだ。 額に口づける位ならしたいと思うが、それ以上は駄目だろう。 「何もしてないって、寝ようよ」 錦は探るようにこちらを見てくる。 まさか、寝てる錦に何かしようとしていたと疑われていたのか。 何もしていないのにそんな疑いをかけられるとは、大損ではないか。 それならば、ちょっと触る程度は良いかななんて不埒なことを考えていると、珍しく焦った顔で「海輝」と腕を掴んでくる。 必死で可愛い。 「どうしよう、記憶が無いんだ」 「まぁ、落ち着きなさい」 「先程まで俺はテレビを見ていた筈だ。まさか寝ていたのか?」 ベッドだと気が付いた途端に、かなりショックを受けている。 面白いが笑うのは可哀想なので何とか堪える。 「寝なさい」 「嫌だ。今何時だ?」 「二十三時過ぎだね」 眠いなら寝れば良いのに、錦は必死に起きようとする。 さて、どうした物か。 「寝ない。起きる。除夜の鐘も一緒に聞く」 「意地っ張りだな」 除夜の鐘を一緒に聞きたいとか、もう可愛いの代名詞のような子だ。 可愛いが服を着て歩いている様な物だ。 愛しい。 しかし、この部屋は窓を開けても立地的に、鐘の音は殆ど聞こえないのだ。

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