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第30話
「はっ…はっ…はっ…」
しばらくは大丈夫だろう
闇雲に走ったせいで気づかなかったが、いつのまにかあの本屋に辿り着いていた
向かいの本屋とは違い、隠れ家のような場所にあるこの本屋なら、多少の時間稼ぎくらいはできるだろう
それに今は1人でいたい
何かあったときはいつも優也の所に行っていた。
だが、今は1人でいたいのだ
いらっしゃいませ
中に入ればいつも通りの機械音とそれ以外は静かなここは、今日はとくに人気がなかった
いつもはゆっくり見て回るコーナーを素通りしてさらに奥。
壁際に、こぢんまりしているが長机と長椅子が置いてあり、一応休憩などができるようになっているスペースがある。
奏斗は1番奥側の席に座った
ドッと疲れがでてきて椅子の背もたれにもたれかかる
今更気づいたが、急いでいたため靴も履いていないし、奏斗が着ている制服は被った水でびしゃびしゃに濡れていた
まだ薄い長袖で充分な季節だが、濡れた服で身を包んでいてはさすがに肌寒さを感じた
服は濡れているし、財布やスマホも家に置いてきてしまった
一度辺りを見渡すが本屋の中は変わらず人気がなくシンと静かなままだった
どうせ行く所もすることもないし、幸いこの後もここに人が来ることはないだろう
そう思い、奏斗はふと軽く目を瞑った
まだ渇いたままの喉も、不安も、こうすれば多少は落ち着いた
しばらくすれば実際に眠気がきてしまい、奏斗はそのまま机に突っ伏して眠りについた
「…くん、薗田くん」
「…ん……」
奏斗は誰かに肩を優しくトンと叩かれ浅い眠りから目を開けた
「大丈夫?なんだか、疲れてるように…見えるけど…」
奏斗は重い頭をのっそりと上げ、声の方を向いた
そこにいるのはいつもこの本屋で会う、宮本さんだった
宮本さんは奏斗の濡れた制服と裸足を見て不安そうな顔で聞いてきた
「別に、なにも」
奏斗の声は寝起きのせいか喉がかさかさとしていて喋りづらく、思いのほか掠れていた
それに濡れたまま放置していたため体が冷えきり小さく震えていた
「…お腹減ってない?何か食べて行こうよ」
「………あ」
見かねた宮本さんは奏斗の手を軽く引いて立ち上がらせるとゆっくりと歩き出した
奏斗も乗る気ではなかったが、なぜか宮本さんを拒絶することはできず、俯いたまま、ただ流されるままに、宮本さんのあとをついて歩いた
「お待たせ。これと、これね」
あのあとすぐそこのちょっとした飲食店に奏斗を連れてきた宮本さんは、ここで少し待っているようにと、奏斗を席に座らせて、しばらく外へと出て行ったが、帰ってきたと思えば、大きめの袋から新品の靴と長袖のTシャツを取り出した
「服、トイレで着替えて来れる?あ、タグが付きっぱなしだ…手で千切れるかな」
「これを、買いに行ってたの」
「うん、だって寒そうだしね」
宮本さんは服についたタグを案外いとも簡単に外して、服を手渡してきた
その時チラリとタグが見えたが、靴も服もそう安くはない値段で、さすがに申し訳なくなり渡された服を受け取ることを少し躊躇した
「…お金、払います。あ、、財布…」
「いいんだよ、気にしないで。それよりほら、風邪引いちゃうよ」
「…ありがとう、ございます」
にこにこと笑う宮本さんをこれ以上断れず、奏斗は戸惑いながらもトイレで着替えることにした
宮本さんが買ってきた服はシンプルなデザインであまり目立たず、ラフで着心地が良かった
着替え終わり席に戻ると宮本さんはメニューを拡げて待っていた
奏斗が戻ってくるのをみるなり
「おかえり。何か飲む?ちょうど夕食どきだし、食べたいものもあったら頼もう」
「…腹減ってないし、いい」
「遠慮しないで。じゃあポテトとか、これとかも美味しそうだね」
「………」
宮本さんは定員を呼ぶと、飲み物と、それから数個ほど食べ物も頼んだ
数分すると飲み物が先に出てきた
宮本さんはコーヒーを、奏斗にはオレンジジュースが置かれた
ゆらゆらと水面が揺れている目の前に置かれたジュースを見て、ふと奏斗は気づいた
さっきまで喉が渇いて仕方なかったぐらいなのに、今はジュースを見てもなんとも思わなかった
おもむろにグラスを握ってジュースを飲んでみても、喉を通る液体はしっかりとオレンジジュースの甘味がして、いつもより味が濃く感じた
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