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第31話
「なんでこんなによくしてくれんの」
テーブルに並ぶ数皿の料理を前に奏斗はそんなことを聞いた
その言葉を聞かれたとたん、今までにこやかに笑っていた宮本さんの顔はすっと別のものに変わった
「関係ないじゃん。宮本さんに」
奏斗は続けて言った
「…そうかな、心配っていうだけじゃ、ダメかな」
「信じられないよ、そんなの」
奏斗は冷たく突っぱねるが、宮本さんの表情は変わらずだった
それはまるで懐かしいものを見るような、ただただ優しい顔つきだ
夕食どきの店の中は賑やかで騒がしいが、打って変わって2人の間にはゆっくりと時が流れているように静かに感じた
「信じなくてもいいよ」
しばらくそんな空気が続いた中、先に口を開いたのは宮本さんの方だった
「奏斗くんが、したいようにすればいいよ。ただ、君が助けを必要としてるなら、俺は全力で君に力を貸すよ」
「………」
「些細なことでもいいんだ。俺に、奏斗くんのこと教えてくれないかな」
宮本さんの言葉は上辺だけの優しさにしてはとても柔らかく、まるで子供を慰めるような穏やかさをまとっていて
優也のものと雰囲気が似ているが、言葉の端々にはまったく別の何かがあった
奏斗は、きゅっと喉がつまる息苦しさと、目頭が熱くなってゆくのを感じて、とっさに俯いた
ああ、この人は、本気なんだ
長い沈黙が続こうと、宮本さんはじっと奏斗の言葉を待っていた
焦らすことも、強要することもなく、ただじっと待つだけだ
「…できないよ、そんなこと」
だが、奏斗が今返せる言葉はたった、これだけだった
奏斗は最後まで悩んだ
本当は打ち明けて解放されてしまいたい
だがそれをできないようにさせたのは、間違いなく父への恐怖心だろう
奏斗の心を蝕み続けるそれは、長い時間をかけて痛みも、悲しみも、全てが奏斗の体中に散りばめられていて、どんなに忘れようとも離れることはない
まるで呪いのようだ
いつだって父は、奏斗にとって絶対的な存在で
逆らうことも、裏切ることもさせてやくれない
もしこの呪いから解放されようと宮本さんに助けをもとめたならば、父はきっとその呪いの矛先を迷うことなく宮本さんに向けるだろう
奏斗はそれが酷く恐ろしい。
故に誰かに頼る勇気すらも、その恐怖に飲み込まれてしまうのだろう
「そっか。なら、いつかは話してくれるといいな」
「…帰る」
「家まで送ろうか?」
「いい」
「わかった。付き合ってくれてありがとね」
奏斗は荷物をまとめて席を立った
去り際に宮本さんは奏斗の頭をくしゃりと撫でては
「無理はしないで。じゃあ、また」
と、かるく手を振って見送ってくれた
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