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第33話

「ほら起きて兄さん」 「…ぅっ、まだねむい」 「ほら早く、今日から俺と登校するんでしょ?」 その通りだ 昨日、奏斗は悩みに悩んだ末、晶の言葉に頷いてしまったのだ 「………する」 「何?もう一回」 「なんでも、する、から」 奏斗は屈辱に耐えながら必死に、懇願するように言う 恥ずかしく、惨めな気持ちになった これからどんな命令をされるのか、考えただけで嫌になる 変わって晶はそんな奏斗を見て満足そうな顔をして口を開いた 「それなら…」 それなら、 明日からは俺と学校に行こう 晶が最初に言った命令はそれだけだった なんというか、拍子抜けだ 奏斗はもっと酷いことを命令されるのだと思っていた どんなと言えば、跪けだの、足を舐めろだの、お決まりのテンプレ的なものが来ると思って身構えていた それなのに晶は案外あっさりとしていて、逆に警戒をしている奏斗がおかしいみたいじゃないか 考えすぎなのだろうか いや、何か策があるに違いない 奏斗は朝の支度をしながら油断はしないようにと考えていると、晶が奏斗を呼びにやってきた 「ほら、兄さん。もう行くよ」 「兄さんって、呼ぶな」 「はいはい」 晶は奏斗が準備を終わらせるのを静かに待つ 奏斗は朝に弱く、起きれないくせにマイペースで準備も遅い 毎朝それでバタバタして結局、優也との待ち合わせに遅れて行くことの方が多かった それに比べて今日は晶に早めに起こされたので、準備も焦ることなく、朝食もゆっくり採れたうえに、だいぶ余裕をもって家を出られた 晶が一緒じゃなければ、なかなか悪くない気分だ 家を出て駅に向かう やけに上機嫌な晶はことあるごとに奏斗に話しかけてくるが、奏斗はそれを軽くあしらって会話が終わるを繰り返して、ようやく駅に辿り着いた ひどく長い道のりに感じた 前にもこんなことがあった気がする 「うわ、遅延してるみたい。どうりで混んでると思った」 「っいて」 「うわ、大丈夫?」 いつもより混んでいる駅の改札口近くは人通りが多く、急いでいたのか、奏斗は後ろからサラリーマンに勢いよくぶつかられた 奏斗はその衝撃に耐えられず、前を行く晶に倒れ込むようにぶつかったが、すんでのところで晶が奏斗の腕を掴む もし前に晶がいなかったら奏斗は顔から床に転んでいただろう サラリーマンは小さく「すみません」と呟いて小走りに去って行く 晶はその姿を見ながら奏斗に言った 「人が多いね。手を繋いであげようか?」 「いやだ」 「でも兄さん、小さいから俺見失っちゃうよ」 「うるさい」 奏斗は支えてくれていた晶を押し退ける 確かに奏斗自身も背が大きい方ではないのはわかっているが、身長を馬鹿にされ、少しムカついた 奏斗はムキになって晶より前にでて歩き出す その後ろを、くつくつと笑いを堪えながら晶がついてくる くそ、いつまで笑ってんだ そんな態度に奏斗はさらにイラつきを覚えた 混雑を抜けて駅のホームに並ぶ 確かに電車は遅延をしているようで、いつもより10分ほど長く待ったが、もともと時間には余裕があったので特に何事も無く電車に乗れた だが、電車に乗ってしばらくしてから、あることに気がついた 隣や前、いろんな方向からチラチラと視線を感じるのだ 気になって辺りを見渡すとその視線の正体は主に女性で、視線の先にあるのは奏斗ではなく晶だった 他校の女子高生や大学生。周りにいる女性のほとんどが晶を見たり、こちらをチラチラ覗いては友達らしい人と楽しそうに何かを話している それにつられて奏斗も晶の顔を見た 何気に晶の顔をしっかりと見たのはこれが初めてかもしれない すっと通った鼻筋、赤い唇、綺麗な二重、シャープな顎 よく見ると、整った顔をしているのだと奏斗は今更ながら気づいた 確かにこれなら周りの反応も納得ができる 「…そんなに俺の顔見て楽しい?」 「べ、べつに」 奏斗はハッとして顔を背けた あんまりまじまじ見ていたせいで晶に気づかれてしまったようだ 奏斗は慌てて視線をスマホに移すが、晶はそんな奏斗が面白いのか、背を屈めて奏斗の顔を覗き混む 晶は奏斗とぱちりと目が合うと小さく呟いた 「俺の顔好き?」 「……っ!!」 奏斗はカァっと顔が熱くなるのを感じ、とっさに手で顔を隠した 「っちがう…」 「ふ、顔真っ赤だよ?」 晶は畳み掛けるように言う こいつ、また俺を揶揄いやがって…! 晶は奏斗の反応がよっぽど面白いのか、先程と同じように肩を振るわせ、くつくつと笑いを堪えているようだ 身長のことといい、顔のことといい、よっぽど奏斗を揶揄うのが楽しいようだ だが、奏斗からしたらたまったもんじゃない 馬鹿にされて気分が良い奴などいないだろう 奏斗は憎しみと恨みを込めて、せいいっぱい睨み返してやった しばらくして目的の駅へと着き、駅からは歩いて学校へと向かった 電車の中ではあまり見かけなかった同じ制服の人が多くなってきて、また奏斗達の方を見てはひそひそと話始めた 「あれ、一年生?かっこいい!」 「声かけてみる?」 「連絡先交換してくれるかな」 まるで駅で聞いた会話と同じような話をしている どうやら晶は学校でも一目置く人物らしい だが、一方で全く違う話をしている声も聞こえてきた 「ねぇ、隣歩いてるのゲイの人じゃない?」 「女装して男誘ってるらしいぜ」 「昨日もトイレから喘ぎ声がしたらしいよ」 誰のことを話ているかなんて奏斗にだってわかる やはり来なければよかった ひそひそと話している人を見ると、見知った顔の中に少数だが知らない顔もあった どうやら奏斗の噂は同じ学年だけでは収まらず、2年や1年といった低学年の間にもすでに広まっているらしい それはもう、学校で奏斗の居場所が完全になくなったことを意味していた 今まで陰口くらい飽きるほど聞いてきたが、今回は散々だ 有る事無い事言いたい放題言われて、その内容は耳を塞ぎたくなるようなものばかり。 さすがの奏斗も我慢できずに俯いた もう帰りたい 今すぐここからいなくなりたい そう思った次の瞬間、晶が奏斗の手をぐんと引っ張った 奏斗は思わず前のめりになるが、晶は構わず、奏斗の手を握ったまま足早に前を歩いた 「おい晶、早いって…」 「うん、早く行こう。聞かない方がいい」 晶に手を引かれているせいで奏斗まで歩くのに必死だ そのおかげか、さっきまで噂話をしていた奴らはもう随分と後ろにいた それでも晶は止まらず、手も離さず、奏斗も手を振り払おうとはしなかった しばらく歩いて曲がり角を曲がり、奴らが完全に見えなくなってから、晶はようやく奏斗の手を離した 「朝からあんな話して、ほんと、キモい奴ら」 奏斗は驚いた 晶からそんな言葉がでてくるとは思ってなかったし、晶の顔はものすごく怖かった 奏斗は晶から顔を背けるように目を伏せた 今まで不服そうな顔は何度か見たことはあったが、こんなに怒っているのを見るのは初めてだ そこで奏斗は疑問に思う 何故だ どうしてこいつはこんなことしているんだ だって、こうなるように仕向けたのは晶じゃないか 陰口言われて、惨めな気持ちにさせるのが目的なんだろう? さっきみたいに、俺を馬鹿にして笑えばいきじゃないか なぜ、こんなことをするんだ なぜ、そんな顔してるんだ これじゃあまるで、俺のために怒っているみたいじゃないか… そこまで考えてから奏斗は昨日の事を思いだす トイレで同級生に襲われた時、真っ先に助けに来たのは、晶だ 相手が血だらけになるまで殴って、奏斗を救ったのも、晶だ そうだ、確かあの時もこんな顔をしていた もし、晶がいじめの主犯者だったのなら、なぜ奏斗を助けたのか 演技の可能性もあるのだろうが、とてもそうは見えなかった 奏斗の胸がもやっとする もしかして、晶は本当にいじめには無関係なのかもしれない だが、それなら誰がこんなことを? 一体どうやって奏斗の写真を? 思い当たる人物は晶しかいない でも しかし 考えれば考えるほど奏斗は混乱した 「兄さん?大丈夫?」 晶の声にハッとする 奏斗はおそるおそる晶の顔を見た 先程までの怒りで歪んだ顔はなく、またいつものような奏斗の見知った顔に戻っていた 「具合悪いの?」 「いや…もう行こう」 どうして晶が奏斗をこんなに気にかける理由がわからない わからないからこそ疑うしかない まだ頭は整理しきれてないが、こんなところで立ち止まっているのもなんだ 今考えたってすぐ解決できるようなことではない 奏斗と晶はまた2人で歩き出す 学校までもう少しだ それまでやはり奏斗を見てはひそひそ話す奴はいたが、その度に晶がキッと睨みつければそいつらは大人しく黙る わからない 晶が敵か、味方か 奏斗は学校までの道のりの間、悶々とその事しか考えられなかった

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