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第35話
「なんで付いてくんだよ」
「別に付いてないし、俺も家こっちだから。ねーかなちゃん」
「じゃ離れて歩けよ。鬱陶しい。そうだよな、兄さん」
「…はぁ」
「ほらな、兄さんも鬱陶しがってる」
「違うね。かなちゃんは君がウザいんだよ」
奏斗は大きめのため息をつく
それは2人にも聞こえたようで晶と優也は言い争う
奏斗は何も言っていないのに2人が勝手に盛り上がるものだから、もう止めるのを諦めた
正直今は、どっちもウザい
奏斗は早くこの空間から解放されたい一心で3人で帰路を辿る
その間も2人の言い争いは止まることはなかった
「なんだあいつ、結局家まで付いてきやがって」
「………」
ドアの向こうから優也に手を振られ、バイバイと言われるがそれすら反応できないくらい奏斗は疲労していた
その様子を見た晶は文句を言いながら少々手荒にドアを閉めた
ドンと響いたその音に気付いたのか、奥から父が玄関を覗いてきた
「2人で帰ってきたのか、珍しいな」
「まあね」
「はぁ」
「どうしたんだ?奏斗」
「別に…」
自分のため息に反応した父を、適当にあしらって階段を上り自分の部屋へ歩く
父は優也のことを毛嫌いしてるため外に優也がいると知られたくはなかったから、悟られる前に離れた方がいいだろう
さっさと部屋に入って休みたかったが、やはり晶は付いてきた
「もう休むから、あっちいって」
「待って兄さん、少しだけ」
そう言うと晶はドタドタと慌ただしく自分の部屋に入ると、何かを手にして戻ってきた
「はい、これ」
「これって…」
晶が手に持っているものを奏斗に突き出す
渡されたのはこの前、晶に取られたクマのぬいぐるみだった
「直しといた、破けてほつれてたし」
「………」
確かに破けていたところはしっかり縫われていて、綿も詰め直したんだろうか、
クマ自体も柔らかくフワフワとしていた
晶は自慢気に、奏斗の反応を待っているが、奏斗の返した言葉は想像していたものとは違った
「何が狙いなんだ?」
「…え?」
「お前が意味もなく俺に優しくするわけない」
「何言ってんの、せっかくやったのにそんな言い方…」
「お前のことなんか信用するわけないだろ!あのクソ女もそうだった。優しい言葉で誘って最後は俺を公園に捨てたんだ!」
「誰の話…」
「誰の?お前の母親だよ!俺が嫌だからって産んですぐ浮気相手と子供作って、最低だよな」
「…黙れ」
「お前も可哀想にな。あの女、俺を捨てたくせに何食わぬ顔でお前を育ててたんだろ?」
「黙れ!!」
晶は奏斗の胸ぐらを掴むとドンっと壁に押し付けた
鈍い痛みが奏斗の後頭部に走ったがそんなもの、気にしてられなかった
「母さんのこと悪く言うな」
「なんでだ?俺は事実を言ってるだけだ」
「うるさいっ」
晶が大きく拳を振り上げ、殴られると察した奏斗は瞬時に目を瞑る
ガンっ
大きな音は、奏斗の顔面に来ると思っていたが、その拳は奏斗の顔の横に振り下ろされ、後ろの壁が大きく響いた
「黙れよ…」
壁へと振り下ろされた晶の手は痛そうに震えていた
力がこもりすぎてしわくちゃになった制服を掴む手も、しばらくすると何かを我慢したかのようにバッと離される
奏斗は晶から解放され、一歩後ずさる
下の階からドタドタと音がする
きっと父が音に気づいて、2階に上がってくるのがわかったので自身の部屋に入る
晶は追うことはせず、ただ俯いて震えていた
奏斗は部屋のドアを閉める前に、俯く晶の足元に先ほど受け取ったクマのぬいぐるみを捨て置いた
「こんなの、もういらないから」
大事なものだった
あの日、あの時からずっと大切にしまっていた宝物だった
公園に捨てられた自分と、置き去りにされたボロボロのぬいぐるみとを無意識に重ねてたのだろう
だからだろうか
他人に触れられた瞬間、綺麗に直されてしまった時、自分のものではなくなった気がしてしまって
そう思うともう、どうでもよかった
晶は足元に転がるクマのぬいぐるみを拾うこともせず、ただじっと見つめて俯いていた
もうすぐ父が来てしまう
階段からする音を聞いてそう思った奏斗は晶のことなど無視してドアを
音がするほど勢いよく閉めた
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