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第37話
「ね、今日久しぶりに俺ん家おいでよ」
優也は突然、肩に保たれかけていた顔を上げて言った
奏斗はそれを聞いて素直に行きたい、と言いそうになったが、少し考えて
「…いや、やめとく。今日は、父さんが早く帰って来る日だし」
「そんなこと、関係ないよ」
優也は奏斗に向き直ると、真剣な顔つきで手を握って言った
「少しは休憩しなきゃ。大丈夫、何かあったら俺が守ってあげる。ね?」
「…うん」
いつもよりやけに臭いセリフに気圧されて、恥ずかしくなってしまった奏斗は、つい頷いてしまった
そうだ、今まで放課後に何回も遊びに行ったことはあるし、一日くらい帰りが遅くなったっていつものことだ
父は怒るだろうが、それよりも、優也といたいという気持ちが強く出てしまった
放課後、いつも通りクラスまで迎えに来た晶に
「俺、今日こいつん家行くから」
とだけ残して学校を後にした
もちろん、晶は納得するはずもなく奏斗達にウザったらしく絡んできたが、優也はそれを難なくかわし、2人で全速で走れば無事に巻くことができた
「はぁ、はぁ、」
「ふふっ、なんだか鬼ごっこみたいだね」
息切れする奏斗の隣で涼しい顔で笑っている優也を見て、運動神経の差を見せつけられたような気になった
「ちゃんと運動しなって、いっつも言ってるじゃん」
「うる、さい」
その後も息を整えていても、晶が現れることはなかったので、安心した
2人はいつかのように並んで、たわいない話をしながら帰路を辿る
しばらくの間ずっと晶と帰っていたので、この情景すら久しぶりで、少し不思議な気持ちになった
電車を降りた後、数分も歩けばすぐに優也の家に着く
玄関を開けられ中に入るが、いつもより静かだった。
「今日は父さんと母さんは旅行に行っているからいないよ。しばらくは帰って来ない。言ってなかった?」
「知らない。初めて聞いた」
「そうだった?ごめんごめん」
「みつきは?」
「友達とお泊まりだって。母さん達に内緒らしいよ」
優也が持ってきたスリッパを履きながらそんな話をする
久しぶりに来たというのに、あの陽気な夫婦がいないことにがっかりはしたが、また来ればいいじゃん、と優也に言われてそれもそうだ、と頷いた
リビングを素通りし優也の部屋へ向かう
部屋に入って荷物を置くと、優也は飲み物を取りに行き、しばらくの間奏斗は1人になった
いつにもまして静かなため遠くで感じる優也の気配以外、全く音がない
あれ、おかしい
そう思ったのは優也がいなくなって数秒後だった
時計の音が聞こえない
そう思い、いつも時計がかけられた壁を見るが、そこには微かに円形に光焼けした後があるだけで時計の姿は、やはりなかった
壊れたのか、と平凡に考えながらもなんとなく部屋を見回す
あれ、窓の色、変わった?
次に目がついたのは部屋にある窓だった
前の記憶では透明で光をよく通す窓だったが、今はうっすら黒い
何かフィルムが貼ってあるのだろうか
何気なく何が貼ってあるのか気になって窓に近づく
前とは違い、外が全く見えなくなっている。光が通ることもない
おかしいと思い、窓を開けてみようと取手に手をかけるが、手元でチャリ、と音がして咄嗟にそちらに目を向ける
…錠?
手元を見るとそこには、取手についた頑丈そうな南京錠があった
軽くカチャカチャとイジってみるが、取手から外れることはなく、鍵がないと窓を開けることができない
なんのためにこれを?
不思議に思いながらも窓を探っていると、飲み物を持った優也が部屋に入ってくる
「なあゆう、これどうしたんだ?」
「んー、ふふ、なんだと思う?」
飲み物を机に置きながら答える優也の言い回し方に、少し含みがあるように感じたが、特に気にすることもなく、テーブルにある飲み物を飲むために窓から離れる
こいつはイケメンで優しくて人気者なのだから、ストーカー対策か何かだろうと、その時は思っていたのだ
「ねぇかなちゃん。今日は泊まっていかない?」
「んー…」
テーブルにあるジュースを傾けたとき、優也にそう提案されたが、今日は父が帰って来ることを考えて
「いや、やめとく」
と一口ジュースを飲み込んでから答えた
それに優也は不満そうに口を尖らせながら言った
「えー、せっかく俺達しかいないのに。ゲームも夜更かしもし放題だよ?」
「また今度な」
子供みたいなことを言って駄々をこねる優也を一瞥しながら、奏斗は自分のスマホを見た
案の定、晶からの不在着信は狂ったように溜まっており、鬱陶しいと思いながらも、一言返信だけしてまたスマホを閉じた
「父さんがうるさいんだ。今日は早めに帰る」
「へー、そう」
なんだか少し、眠い
優也と話しているというのに、だんだんと頭がぼんやりしてくる
「でももう、帰れないと思うよ?」
「はぁ?お前、何言って…」
ぐわんと視界が回る
あれ
自分の意思とは関係なく、体から力が抜け瞼を開けていることすらも困難になってしまった
「おやすみ、かなちゃん」
視界が塞がり切る前に優也がそんなことを言っていたが、途端にぷつっと意識がなくなった
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