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第45話
———————晶視点————————
兄がいなくなって1週間が経った
あの日、兄はあの優也という男の家へ行くといい、学校で別れた
その日は1日帰ってこなかったが、そのくらいならいつものことで明日になれば学校で会えるだろうと特に気にすることはなかった
だが次の日、兄は学校に来ていなかった
あの優也と一緒にサボりでもしたのかと思ったが、当の優也は学校に登校していたのだ
おかしいと思い、あまり話したくないが兄のことを聞くために優也に声をかけた
彼は
「かなちゃん?昨日は普通に帰って行ったけど」
確かにそう言った
だがおかしいのだ
昨日はずっと家にいたのに兄が帰ってきた気配はなかった
今朝も部屋を確認したがいなかったはずだ
だが優也の家にもいない
ならば…
まだ決まったわけではない
兄のことだ
昨夜はフラッと街に出て、晶が学校の間に家に帰っているのかもしれない
そうであって欲しいと思いながら、授業が終わり、すぐに帰宅した
家には誰かが帰ってきた形跡はなく、隅々を探したがもちろん兄の姿はなかった
行方不明
その文字が頭を過った
その日すぐに義父に兄の事を相談した
帰ってこない、学校にもいない、誰も行方を知らない
そんなことを義父に説明し、警察に捜索届を出そうと言ったが、義父は浮かない顔をしていた
「そういう年頃だろう、飽きたらそのうち帰ってくる」
義父はどこか警察に知らせることを躊躇っているようだった
まさか晶が養子に入る前に同じような事があったのか、あるいは警察に知られたくない事情があるのか
その日は晶も義父の言った通り、兄はそのうち帰ってくるだろうと無理矢理思い込んだが、兄は2日、3日と姿を現さなかった
4日目となるとさすがに義父も心配になったのか、結局警察に捜索願を出した
これでどうにか兄が見つかると思いたいが、あいにく警察の捜査は難航していた
兄はいなくなる直前、優也と一緒にいた
それからいなくなったのだから怪しいのはそいつでしかない
もちろんそのことを警察諸々に話はしたが、証拠不十分で取り合ってくれなかった
理由としては、優也自体が学校に来ていること、動機がないなどが挙げられた
それにそんなことよりも濃厚なのは家出だった
高校3年生など年頃真っ只中だ
受験、勉強、人間関係、金、加えて兄は学校でイジメを受けていたことから、家出に至るまでの動機なんて十分に思い当たる
そのため警察もその方向で調査していたため、優也の元に警察が向かうことはなかった
それから警察の捜索はうまくいかず、2日間での成果は脱ぎ捨てられた兄の靴と、何も入っていない鞄のみ
このまま何も得られず兄の捜索はなくなってしまうんじゃないかと思っていた時、晶のスマホに一つのメッセージが届いた
『私、貴方のお兄様を、誘拐してしまいました』
すぐにその内容を警察に伝えて、後日このメッセージの主と会うことになった
場所はそこら辺の飲食店で待ち合わせることとなり、そこに2人の覆面警察も近くの席で待機していた
だが待ち侘びた誘拐犯は、晶と同い年か、年下くらいの優しそうな女の子の姿をしていた
彼女は席に座るなり、
「本当に、ごめんなさい」
か細い声で謝罪の言葉を述べ、泣き崩れてしまった
とてもじゃないが、彼女が誘拐なんて考えられない
晶は泣き止むのを待ち、落ち着いたところで話を聞いた
「奏斗お兄ちゃんのこと、助けたかっただけなのに、こんなことになるなんて」
聞くと彼女は優也の妹の美月と言うらしい
やはり、と思った
あんな怪しい奴が無関係なわけがない。そんな晶の考えは見事的中してしまったのだ
話の内容はこうだった
美月の兄、優也は突然、兄を自分の家に匿おうと提案してきたのだ
最初こそ驚いた美月だったが、優也にからは、
奏斗のため、助けてあげないと、と言われなぜかその言葉に強く共感してしまったそうだ
美月は優也の言葉を信じ込み、誰にも言わないことを約束してしまった
「奏斗お兄ちゃんの事情は、元々知ってましたから…父親から引き剥がせば楽になるはずだって…」
「父親?なぜそこで義父さんが出てくるんです?」
「…まさか、貴方は虐待のこと、知らないんですか?」
虐待?そんなこと初耳だ
義父は少々兄に過保護すぎるところがあったが、それは実息子に対する愛情表現だと思っていた
晶が薗田家に来てそこそこの時間が立った時、偶然兄の背中の大きな古傷を見たことがあった
もちろんそのことを義父に聞いたことがあった
そのとき義父は
「言いにくいんだが…昔、奏斗は母親に虐待されていたんだ。離婚したのもそれが原因だ」
虐待。
優しい母がそんなこと…と当時は思ったが、その時の義父は酷く悔やんでいるような、苦々しい顔をしているのを見てしまった
それに薗田家にきた当初、兄は自分の母親を「クソ女」と侮辱していた
そのこともあってか晶はその言葉を信じてしまった
兄に対する過剰な過保護はそこから来ているのだと思っていた
「それ、嘘ですよ。貴方に知られたくなくて、そう言ったんだと思います。私が聞いていた話はもっと酷いです」
そんな話、あるわけない
だがよく考えてみるとおかしいことはたくさんあった
たしかに兄の体にはあちこち傷があり、それは全て真新しいものだったが、晶は全ていじめでできた傷だと思っていた
でももし、義父が嘘をついていて、あの傷はイジメではなく、義父がつけたものだとしたら…
思えば兄はイジメが始まるずっと前から肌を隠すように長袖長ズボンを年中履いていた
体を見られたくないのか風呂も誰もいない時間に入っていた
父親にひどく反抗的なのも、家で謎に警戒していたことも、父親が虐待をしていたとすれば全て説明がつく
晶はその場で頭が真っ白になった
父親の虐待疑惑が浮上したところで、近くに座っていた覆面警察も会話に混じって話し合った
美月は包み隠さず全て話してくれた
兄を助けるためだったと、合意のもとだと思っていたのに、実際に見たのは、薬で朦朧とさせられた奏斗の姿だった
警察に話そうとしたが、自分も共犯だと思うと怖くなってしまった
意識が戻った奏斗に嫌われてしまうんじゃないかと、恐れてしまった
彼女はそう言っていた
「でも、偶然優也お兄ちゃんのスマホの画面を見ちゃって。明日、奏斗お兄ちゃんを連れて2人で逃げるって…」
「逃げるって、どこに?」
「わかりません。でも行かせてしまっては2人はもう戻ってこないと思って、それを伝えるために今日、会いにきたんです」
美月はそう言って一枚のメモ用紙を手渡した
紙にはどこかの番地のような暗号に似たものが書かれた紙だった
「これは兄に送られていたものです。おそらく、兄は奏斗お兄ちゃんを連れて、ここに逃げるんだと思います」
「これ、預かってもいいですか?」
「は、はい、どうぞ」
渡された紙に書かれたものに首をひねる晶だったが、隣で静かに聞いていた警察が突然慌てたように晶から紙を取り上げる
そしてしばらく隣でひそひそと警察同士が話し合った後、晶と美月に向き直った
警察は浮かない顔で、ここにあの2人が行くことを阻止しなければならない。我々は全力を尽くします。とだけ言った
その真剣さを目の当たりにして、晶は事の重大さを改めて思い知った
その日はそれ以上進展は得られず、解散となった
美月は最後まで申し訳なさそうに頭を下げて晶に謝っていた
そして同時に、まるで祈るように晶と警察に言っていた
「お願いします。奏斗お兄ちゃんを助けてください。兄を、榊優也を、止めてください」
言われなくとも、そのつもりだ。
とはっきり言いたかった
喉まで出てきたはずの言葉は、実際に声に出ることはなく、晶の心に募る不安感に飲み込まれた
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