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第48話
充分体があったまったところで奏斗を風呂から上がらせ、服を着せる
髪を乾かすためにドライヤーを当ててやると、それが気持ちいいのか奏斗はこくりこくりと頭を揺らし始めた
今日だけでいろんなことがあったことに加え、奏斗は薬の影響が残っているため限界だったのだろう
早く寝かしてやりたいと、乾かすのもそこそこに、奏斗を抱き上げてベットに連れて行く
2階に行き奏斗をベットに下ろした時に、今日初めて奏斗が声を出した
「…かあさん?…」
「……っ!」
朧げな瞳が開かれ、確かに晶を見つめるが、その視線の先は揺れ動いている
おそらく寝ぼけているのだろう
そうでなければ、嫌いな晶の事を母と間違えることなどあるわけないのだ
「…あしたは、がっこう…いっていい?」
紡がれる言葉は子供が使うような拙いもので、それは奏斗の幼少期の記憶から引き出された言葉なのだと容易に理解できた
ただ、その言葉から奏斗の過去がどれだけ酷いものだったのかが伝わってくる
晶が知っている母は、毎日学校に行かせてくれた
面倒な朝でも、母が毎日起こしに来てくれたため遅刻することもなかった
奏斗は違ったのだろうか
母は、あの人は、奏斗を学校に行かせたくなかったのか
母が晶と暮らすようになったのは、晶が小2の時、奏斗が小4の頃だ
母は虐待を知っていたのだろうか、だとしたら、どのような気持ちで奏斗を置き去りにしてきたのだろうか
奏斗が苦しむ姿を見て、何も思わなかったのだろうか
自分の知る母と、奏斗が知る母の姿の違いが一気に頭を埋め尽くし、奏斗の小さな問いに、何も言い返せずにいた
「…おやすみ、奏斗」
結局何も言ってやれず、奏斗のまぶたに手で蓋をしてやれば、奏斗はすぐに眠りについた
奏斗が眠った後も、しばらくそこから動くことができなかった
数十分してからハッとし、奏斗の隣にいつかのクマのぬいぐるみを置いて部屋を出る
朝目覚めて1人でも、寂しくないように
明日から、奏斗にどんな顔をすればいいのかわからない
あれから数日が過ぎていった
父がいなくなったことでいろいろな手続きや警察の事情聴取などに協力するなど、目まぐるしくはあるものの、前よりはましになりつつあった
そして兄は、部屋から出てこなくなった
晶は優也が亡くなったことも、父が捕まったことも伝えていないが、奏斗は何かを感じ取ったのかおそらく全てわかっている
それもあってか今回のことにショックを受け、元々その兆候があったのも加え、仕方のないことだった
ただ食事を取ってくれなくて、ドアの前に配膳して置くのだが、食べ物には手をつけた形跡はなく、かなり心配している
それでもかろうじて水の量は減っている
それだけが奏斗の生きている証だった
無理に部屋から出す気もない
元通りに過ごせなんて言わない
ただ死なないでほしい
それだけだった
「…どうぞ」
「お邪魔します」
玄関を開けるとつい最近知り合った人物が立っていた
正直この人のことを信用しきったわけではないが、奏斗のためなら今更そんなこと気にしていられなかった
この人は宮本さんという
これから晶達の保護者となる人だ
なぜこの人なのかなど疑問はあるが、はっきり言うとこの人しかいなかった、というのが正しい
義父がいなくなりとうとう面倒を見てくれる人がいなくなってしまった2人は、どちらも高校生だが、1人は未成年で1人は鬱状態となると、とてもじゃないが生活はできないだろう
そのため代わりとなる保護者が必要なのだが、義父にも母にも前の父にも世話してくれる知り合いはいない
このままでは孤児として施設に行くかどうかと言うところで、宮本が声をあげてくれた
彼は全くの他人であったが、奏斗と認識があったのと、他に頼る人もいなかったことで、それしか選択肢がなかった
とはいえつきっきりで世話されるほどの歳ではないので、形式上は養子として引き取られはしたが、名前は変わらないし、一緒に暮らすこともない
金銭面と、生活面のサポートだけして、成人したら赤の他人になるという契約だ
今日はこの宮本が、本当に奏斗の知り合いなのか、信用できる人なのか見極めるため、家に来てもらったのだ
「奏斗君は、どこに?」
「2階の部屋に」
家に上がるや否や奏斗の居場所を聞いてくるあたり気に食わないが、晶は仕方なく宮本を案内する
鍵がかかったドアの前に宮本は立ち止まり、何をするのかと思えばいきなりしゃがみ込み、コンコンと小さくノックをした
「奏斗君、俺だよ、宮本。お邪魔してます」
宮本の声は子供に語りかけるような優しい声音で、返事の帰ってこないドアに向かって話し始めた
「この前おすすめしてくれた本、よかったって彼が言ってたよ。手紙も、ほら。ありがとうね」
ごそごそとカバンを漁って取り出したのは一通の手紙
見たところ海外の封筒に入っており、日本からではないことがわかる
宮本は薄い手紙をドアの下の隙間から向こう側に滑り込ませる
すると、しばらくして無音だったドアの向こうからパリパリと紙を触る音がした
「っ!兄さん…」
「しーっ…」
今まで全く正気の感じなかった部屋から、急に奏斗の存在を感じて思わず声を出してしまったが、宮本はそれを指を口に当てて止めた
その反応にハッとしてまた口を紡ぐ
今そこに、ドアの目の前に奏斗がいるのに、喋りかけることすらできないなんて、酷くもどかしい気持ちになった
「…お礼にね、彼が本を送ってくれたんだ。よかったら、後で読んでみて」
再びカバンから出てきたのは海外チックな表紙の本が一冊
宮本はそれをドアの前に置くと、それ以上は何もせず、晶を連れて下へおりた
「もう、いいんですか」
「うん、伝えたいことは言えたから、もういいんだ」
その後はリビングで今後のことを2人で話した
「俺、引っ越そうと思います。兄のためにも、ここから離れるのが最善だと思うので」
「そしたら部屋を用意しておくよ。何かあったらすぐ対応できるように、俺の家の近くでいい?学校から少し遠いけど」
「学校は辞めます。退学して働いてお金返します」
「駄目だよ、学校には行きなさい」
宮本は真剣に晶達に向き合ってくれているようで、先ほどの行動も見ていたこともあり、最初よりも信頼できた
だが、こんなことして彼になんの特があるのか
ここまで至れり尽くせりではいられない
やはり働くべきだと抗議したが、宮本はそれだけは認めてくれなかった
「なんで俺たちに、こんな優しくしてくれるんすか。あんたにいいことなんもないのに」
「…ふふっ」
「?なんすか」
「それ、この前奏斗君にも聞かれたよ。君たちは本当に…そっくりだ」
宮本は目を細めて晶を見る
まるで懐かしいものを見るように穏やかに笑っていた
一方晶は、宮本の言葉にいたたまれない気持ちだった
そっくりだなんて、そんなこと、あるはずはない
俺は兄とは違う
兄のように強い心を持っていない
兄と自分は比べることすら釣り合わない存在だ
それを感じ取った宮本は持っていたコーヒーを一口飲んだ後、ゆっくりした口調で話し始めた
「…僕の大切な人も、イジメや虐待で苦しんでいたんだ。俺は彼を助けてあげたかったけど、結局何もしてあげられなかった」
「今、その人は、」
「生きてはいるよ、突然パッといなくなってね。でもああやって手紙が届くんだ。時々ね」
先ほどの手紙はそれだったのだろう
カバンの中で大事そうにしまってあったのはそれ程大切なものなのだろう
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