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第49話

「そんな大事なもの、いいんですか?」 「いいんだ。手紙はまた来るだろうし、あの子もきっとそうしたはずだから」 宮本さんは手元のコーヒーを見つめながらそう言っていた なぜ奏斗がこの人に懐いていたのがわかった気がする しばらく2人の間に沈黙が流れたが、最初に感じたほどの緊張感はなく、ただ時間が過ぎていくのをぼーっと待っていた —————————————————— 連絡先やら書類やらの確認をしているとあっという間に時間が過ぎていった 最後に引越しの日時を決めてから、宮本さんは帰って行った 家を出る前にまた奏斗の部屋をノックして 「また来るね」 とだけ言い残して。 奏斗は特に反応を示さないが、何故だか宮本さんの言葉は届いているだろうという確信があった その後晶は夕食を用意し、ドアの前に置いてみたがやはり何も言わず聞こえず、晶が寝静まった後にだけ、部屋から出て行動しているようだった 奏斗のタイミングに合わせて無理にでも会うことはできる それでもそうしないのは、奏斗の気持ちを尊重したいと思えたからだった 奏斗の気持ちが落ち着くまで、そっとしておいてあげたい それは宮本さんも同じなようで、無理に外に出そうとはせず、奏斗が自分自身で部屋から出てきてくれるようになるまで待つことが大事だと言ってくれた これからどれだけ時間がかかろうと、絶対に奏斗のそばにいようと、晶の覚悟はすでに決まっていた 奏斗と初めて会ったのは半年前 照日が強く汗が垂れるような暑い日だった 両親の葬儀が終わった後、誰が晶を引き取るかという話になったが、元父親側の親戚はすでに子供が何人かおり、晶の存在を嫌がっていた とはいえ母の親戚は1人もおらず、結局施設だろうかと思われたとこで奏斗の父が現れた 彼は葬儀には顔を出していなかったが、晶が1人で座っているところに声をかけてくれたのだ これ以上待っていてもどこも同じようなものだろうと、一言返事で奏斗の父親について行った そこで奏斗と出会ったのだ 2歳も年上だというのに身長は晶より少し上くらいと小さく、父親譲りの色素の薄い茶髪が特徴的だった 挨拶をしようとしたが、奏斗は晶をよく思っておらず、当たりが強かった 「…可哀想にな。勝手に生んだ癖に、ちょっとした事故でお陀仏なんてな」 その言葉を聞いて晶は奏斗の胸ぐらを掴み上げる 細い体は簡単に晶に委ねられ、抵抗の意思も見せず、奏斗は脱力したままだった 「あんたもあのクソ女と一緒に死ねば良かったのに」 晶はもちろん怒っていた でもいざ奏斗の顔を見ると、口からは暴言が出てくるのに、対照的に表情からは深い悲しみが感じ取れた どこか晶を羨まし気に見つめる瞳は、ゆらゆらと揺れていた それを見て晶は息を飲む 晶に向けられたはずの言葉は、まるで奏斗が自分自身に言い聞かせるような言い振りだった 何も言えない晶を奏斗は置いて部屋に戻っていったが、その後も晶はその場を離れなかった 酷いことを言ったのはあなたの方なのに、 なぜあなたがそんな顔をするのか 理由を知りたい そう思ってしまったのだ そして晶は毎日のように奏斗に着き回った 最初こそただの興味本位だったが、いつなんどきも捕まらず逃げ回り、決して懐かない野良猫のような性格で、唯一自ら尻尾を振るのは優也という同い年だけ 2人は学校ではいつも一緒にいて、優也が苦手な晶はその時だけは近づくことはできなかった 昼休みになると2人は屋上で座って時間を潰す 晶は近づくことさえ許さないのに、優也には奏斗の方から擦り寄る姿を反対校舎の窓から見ていた その時から奏斗が優也を好きなんだと知っていた そんな事実に晶はモヤっとした感情を抱いた 前までは見てみぬふりをしていたが、今となってはそれが、優也に対する羨ましさや嫉妬からくるものだと気づいていた 晶は奏斗が好きだったのだ 義理とはいえ半分は血の繋がっている兄弟に恋情を抱くなど、正気ではないことくらいわかっていた だからこそこの気持ちは誰にも悟られぬよう、心に押し込めようと思う裏腹、奏斗に対する執着心は増していくばかりだった 優也といるときは過剰にメールを送ったり、家にいないとなればしつこく電話して居場所を聞き出そうとしたり、やっていることはストーカーと大差ない ある日は我慢できず、奏斗が外出中に勝手に部屋に入り込んだ 奏斗の部屋はごちゃごちゃと物が散らかっていた 晶は綺麗好きなので、バレない程度に掃除してやろうと部屋を漁っていると、何冊ものスケッチブックと、白い布切れが出てきた 見るとスケッチブックの中にはウェディングドレスや生礼装などのデザインがびっしり書き記されており、その側には完成間近のウェディングドレスがあった 広げて見ると、かなり出来がよく、素人が作ったものとはとても思えない これを作るのにどれだけの努力と時間を費やしてきたのか これを作っていたから奏斗は部屋に篭りがちだったのだと知った 関心してみていると、ある一冊のスケッチブックの1番後ろの方にドレスとは関係ない女性の姿が描かれていた 晶はそれをまじまじと見る 艶のいい黒髪に、長いまつ毛の女性 母だった 晶と同じ場所に黒子があるから間違いない なぜ奏斗はここに母の絵を描いているのか あれほど嫌っていたはずなのに、描かれた母は美しく、細かなところまで丁寧に描かれていて、とても嫌いな人を描いているようには見えない 視線を動かすと、棚の上に大事そうに置かれたクマのぬいぐるみを見つける 目が外れて糸はほつれ、もう少しで綿が出そうなほどボロボロだったが、何故か捨てずに棚の上に保管してあった 奏斗の部屋に似つかわしくないのはぬ、おそらく奏斗の幼少期に持っていたものだからだろう スケッチブックの母の姿と、幼い時期の奏斗の痕跡を見て晶は不思議な気持ちになったのを覚えている そのクマがなんなのか気になって、奏斗に直接聞いてみたが、晶がクマを持っていることがかなり嫌だったらしく、必死に手を伸ばす姿が面白くて、少し意地悪をしてしまった 奏斗は怒ってクマを置いて部屋に戻ってしまったが、いつかは返そうと晶の部屋にしまっていた ほつれた系を戻し綺麗に直してから渡そうと思ったのだ だがいざ渡そうとすると、綺麗になったクマを見た奏斗はガッカリしたような反応をし、クマは突き返されてしまった その時は善意を拒否されてしまった怒りと、大切なものを奪ってしまったという罪悪感を同時に感じた 何故なのだ、綺麗な方が良いに決まっているのに。 思えばドレスを疲れるほど器用なのに、なぜぬいぐるみはあのままだったのか。 考えてもわかるはずもなく、モヤモヤした気持ちは取れなかった しばらくして奏斗は学校でイジメられるようになった 成り行きはわからないが、校内では奏斗がゲイなんだと噂されていた 「うわキモっおい晶、お前気をつけた方がいいぞ?狙われてるかもな」 名前も思い出せないが、同じクラスの奴らはケラケラと笑いながら晶を冷やかしてきた 狙われる?そんなわけないだろ 奏斗が好きなのは優也だけで、誰でもいいわけじゃない。優也以外となれば女も男も受け付けない 同じ屋根の下で暮らす晶だって、異常なほど嫌われているのに。 むしろ狙っているのは… 未だ笑い続ける奴らを無視して奏斗を探す 放課後奏斗を1人にするのは危ない 晶は力には自身があったので、何かあった時のためにすぐに守れるようにそばにいなければ そう思いいつものように奏斗のクラスに向かっていると、反対側のあまり使われていないトイレから声が聞こえた

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