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第56話

「…もしもし、少し相談があるんだけど…例の義兄弟が……」 宮本は通話をしながらも忙しなく右へ左へ歩き続ける 何か考え事をしているようなそのそぶりは、通話相手にも気づかれているようで、電話口から、落ち着きなよ、と宮本を咎めるような言葉が放たれた それでも宮本は、やっぱりソワソワと落ち着けない様子だった 「俺、どうすればいいのかわからなくて…君の意見が聞きたいんだけど…」 『うーん。正直僕も兄さん肯定派だったしなぁ…放置でいいんじゃない?』 「あのねぇ、真面目に答えてよ」 画面越しに聞こえる、何とも呑気な回答に宮本は呆れたようにようにため息をついた 宮本がこんなに悩んでいると言うのに、画面の向こうの人物はそのため息を聞いて、から笑いをしていた 『思い詰め過ぎだよ。その子達にはその子達なりの考えがあるんだよ』 「そうは言うけど…心配なんだ…」 『お節介なのは相変わらずだね〜』 「うるさいよ…」 揶揄うように笑われるが、宮本はそれに弱々しく怒る 2人のことが心配すぎて、宮本の精神も日々削られていた どうにかしたい気持ちと、これ以上事を荒立てたくない気持ちが相まり複雑だ 黙り込む宮本の気持ちを察したのか、電話口から聞こえる声も茶化すようなものから真剣な声音に変わった 『今その子達が求めているのは、正しさじゃないよ。彼らを咎めるのはガヤのすることさ』 「わかっているけど、俺らと違って将来があるんだから、誤ちを犯す前に…」 『だから、そう言うことじゃないの。2人のことをもっと考えて。1番身近なあんたが敵になってどうすんの』 「……それはっ…」 『認めてあげなよ』 声音は優しいままなのに、詰められたような気がして宮本はやるせない気持ちになる 自分から相談しておいて、納得いく回答じゃなければ反論するなど、子供のすることだ わかってはいるが、宮本は否定せずにはいられない もう誰にも傷ついてほしくないし、失いたくない 宮本にとってあの2人はもう自分の子供のようなものだ それでも彼らからしたら宮本は部外者に過ぎない その事実がまた、宮本を焦らせる原因の一つかもしれない 「彼らが、君のようになってしまうんじゃないかと…」 『必ずしも悪い方向に行くとは限らないよ。ほら、元気出して』 悩む宮本とは対照的に、画面の向こう側の人物は明るい声で励ますように言った 切り替えの速さに宮本は呆れながらも、その口元には笑みが浮かんでいた —————————————————— あたまが、いたい ぼーっとする 晶は荒い呼吸を繰り返しながら、薄暗い天井を眺めていた 晶は起きあがろうとしたが、腕に重みを感じ、薄く開いた目で辺りを見渡す そこはいつもの自分の部屋だったが、どこか夢の中にいるようでふわふわしていた ふと、右腕に目をやると、晶の腕を枕にするように奏斗が頭を乗せ、手足を縮めて眠っていた にいさん、また俺のへやに入り込んだのか… 兄は時々晶の部屋までやってくると、むすっとした顔で晶のベッドで眠る 夜中に静かにやってくるので晶も気づかないことが多く、朝になってやっと気づく 晶も自分で調べたりしたところ、とあるサイトで悪夢で眠れなかったが、誰かが近くにいると安心できると言っていた人がいた おそらく奏斗もそういった事情があって晶の部屋までやってくるのだろう だがいつもはベッドの隅でちょこんと体を縮めているのに、今日はまるで晶に寄り添うように眠っていた 珍しいこともあるんだなと、ぼーっとする頭でそんなことを考える 空いているもう片方の手を伸ばし、奏斗の頭を撫でた ふわふわな癖毛が指に絡まることなく通っていくのが心地よい だが少し撫でると奏斗は目を覚ましたようで、ピクッと肩を振るわせると、むくりと起き上がり晶を見た どこか不安気な表情を見て、どうしたの、と言おうとしたが、掠れて声がうまく出ない 「う…うぅ…」 そんな晶を奏斗は体を揺らして起こそうとする いつもにない行動に晶は驚きながらも、頭の中で原因を考えた お腹が減っているのか、何かして欲しいんだろう そう言えば、今何時なのだろうか 時間を見るために起きあがろうとするが、体が重く、視界も霞む 寒い、気持ち悪い 隣で奏斗は晶を見下ろしているが、その姿さえも、ゆらゆら揺れている 「に、さん…」 瞼が重い そんな晶の瞼に、奏斗はそっと手を置いた まるで、早く寝ろ、と言われているようで、晶もそれに抗うことができず、うとうととまた眠りについた 次に起きたのは、ガシャンっと大きな音が鳴り響いた時だ 音に驚き目が覚める 先ほどよりも気分は安定しているが、まだ吐き気や頭痛はあった 特に体がとても暑いのが辛い 汗をかきびしょびしょになった服が肌に張り付いて気持ち悪い はぁ、はぁ、と呼吸をするたびに、心臓がバクバクと跳ねる 再びガシャンっと大きな音が玄関で響いた その後にジャラジャラと何かが外れたような音がした それを聞いて晶は青ざめる 先程まで傍にいた奏斗がいない 晶は自分の胸元に手を伸ばす いつも無くさないようにそこにぶら下げていた、玄関につけた錠を開ける鍵がなくなっていた まずい、このままじゃ兄さんが…っ! 晶はベッドから飛び起き、音のした玄関へ向かう 酷い目眩でふらふらと覚束ない足取りで、それでも壁伝になんとか玄関まで辿り着く だが、晶が玄関を見た時には、すでに錠は床に落ちており、奏斗は扉を開けている最中だった 「にいさっ…ダメ、外に出ちゃっ…ゲホッゲホッ」 「っ!」 「くそっ…にいさ…」 水分をとっておらず、掠れた喉で精一杯叫んでしまい、晶は咳き込む 大声を出したからか、強い目眩が晶を襲った あ、倒れる 気づいた時には体は前のめりに傾いており、視界が点滅する すっと血の気が引いていく感覚と共に、体から力が抜けた 手を出して受け身を取ることさえできなかった ドサリと晶は床に倒れた だが痛みはない 晶が目を開けると、そこには奏斗の顔があった どうやら倒れる寸前、晶のことを受け止めてくれたらしい すかさず晶は奏斗の手を掴み、掠れた声で言った 「外に、はあっ…でちゃ、だめだよ…」 きゅっと力を手に込めて奏斗の腕を掴む 妙に奏斗の肌が冷たくて、気持ちいい 力なく項垂れる晶を見て、奏斗は何を思ったのか、掴まれた腕などお構いなしに、スッと立ち上がった 「っ!、にいさっ」 晶は必死に奏斗を止めようとするが、掴んだ手には全く力が入らず、するりと簡単に抜けてしまった 奏斗が向かう先は、もちろん家の外だ それを見て焦った晶は立ちあがろうと踏ん張るが、体が全く言うことを聞かない ダメだ、兄さん、外は危険なんだ 叫びたいが自分の呼吸に手一杯で、声すら出ない 晶は床に転がったまま、奏斗が出ていく姿をただ見ていることしかできなかった  

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