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後日談
「久しぶりだな……晶」
「ああ、久しぶり。お義父さん」
アクリル板の向こう側には、数年前に最後に会った時よりもかなりやつれてしまった義父の姿があった
目の下にはクマと、痩せて頬骨が薄ら浮き出ていた
「大きくなったな。仕事は、してるのか?」
「まあ、それなりに」
義父は食い気味に晶に質問を重ねるが、晶はそれにそっけなく返す
やはり来なければよかったと、心の中で思ったが、義父はそれに気付いたのか、あたふたとし始める
帰すまいと必死に質問を繰り返す義父が、哀れなような、無様なような、いろんな感情でごっちゃになる
その理由は、晶は自分でも彼に既視感を抱いてしまっていたからだ
一歩間違えば、自分もこの義父のようになっていたんじゃないかと、そう思ってしまうのだ
だから彼から目を背けたくなる
本当は来る予定じゃなかった
やはり来なければよかった
「す、すまない、つい嬉しくなって…つまりだな、俺はお前のことが気になっていたんだ。あの日怖い思いをさせてしまったから」
「………」
その姿は威厳ある父親の姿はもうなく、間抜けたような、別人になったように弱々しく見えた
義父は言いづらそうにあの日のことを口にする
だが晶はそんなことにもう怒ってなどいない
問題は、彼が奏斗に何をしてきたのか
それだけだった
黙ったままの晶に、何を言えばいいのかわからない様子で、義父は気まずそうに俯いた
しばらくの沈黙が訪れる
晶はもういいだろうと立ちあがろうとした時、徐に義父が口を開いた
「……奏斗は、元気でやっているか」
「…なんだって?」
「連れてきてくれないか、お願いだ。謝りたいんだ、今までのことを…」
まさかそんな直球に言われるとは思わず、晶は驚き聞き返す
元気?元気かだって?
しかも連れてこいだと?
いったいどの口が言っているんだ
ふつふつの腹の中で煮えたぎる感情をなんとか抑えて晶は深呼吸した
「…今は連れて来れるような状態じゃない」
「っ!まさか、怪我をしてるのか!?何か病気になったのか?それとも…」
つらつらと饒舌になる義父に晶は拳を握った
どうしてここまで自分勝手なことが言えるのだろう
怪我でも病気でもなく、義父に会わせたくない理由があることに、本当に彼は気づいていないのか
晶は思わず、バンッと拳を机に叩きつける
けたたましい音にその場がしんと静まり返ったのに、晶の心臓だけが、バクバクと大きな音を立てていた
もう我慢できそうになかった
「あんたはいったい、どんだけ奏斗を侮辱すれば気が済むんだ!?」
「…俺は、違う俺はお前達に…」
「謝りたい?ふざけるな!!お前に謝る権利なんてないんだ。いつまでも付き纏いやがって、おこがましいんだよ!!」
晶は怒りのままに拳を再び握ると、今度は義父に向かって振り上げた
だがアクリル板にあたろうとした寸前で、傍で見ていた刑務官に、押さえられた
「落ち着いてください!もうやめましょう。もういいんです。お出口まで我々が案内しますから」
刑務官は晶を押さえはするも、その言葉は優しく寄り添うようなものだった
目の前の義父を殴れなくてさらに腹が立ったが、刑務官の言葉に我に帰る
義父を見やると、豹変した晶の姿に圧倒され、驚いた顔でほうけていた
その顔を見れただけでも、晶の気持ちはかなり和らいだ
刑務官に連れられ面接室を出た
義父の顔はそれ以降見なかった
絶対に振り向くことなく、淡々と、刑務官と共に歩いたのだった
「すみません…」
「いいんですよ。これ以上はあなたが傷ついてしまいますから」
廊下を歩く最中、刑務官に謝ると、そんな言葉をかけられて晶は泣きそうになった
違う、そうじゃない
俺はそんな気を使われるよな人間じゃないんだ
晶が拳を振り上げた理由は、義父と晶は同じだったからだ
義父が奏斗に謝る権利がないように、晶も義父に怒る権利はないのだ
義父を見ていると、まるで自分の鏡写しのようで嫌になる
晶が本当に殴りたかったのは、アクリル板に反射した自分だったのだ
「義父を、お願いします」
「承知しました。今後もあなた方に危害が及ばぬよう、我々も努力いたします」
刑務官と別れる最後に、深々と頭を下げる
彼らも答えるように、わざわざ帽子を取って晶に頭を下げた
そうして晶はその場を離れた
もうここに来ることはない
そもそもここに来たのは、晶自身にけじめをつけるためだった
二度と繰り返さないよう、戒めるために
晶はいつも奏斗に申し訳なさを感じる
自分が犯した罪じゃなくても、気づいてやれなかった鈍感さをいつだって忘れたことはなかった
義父も同じ気持ちであって欲しい
晶の足取りは行きよりも軽くなっていた
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