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後日談

結局その日は一睡もすることなく、朝一で動物病院に向かった 予約が必要だと知らなかった晶は受付で嫌な顔をされたが、猫の種類を聞かれた際、野良猫を保護したことを話すと態度は一変 「そうなんですね。ありがとうございます」 「え?いえ…俺は何も…」 「保護してくれただけでもとてもありがたいです。診察室が空いてますから、そのまま奥へどうぞ」 よくわからないまま、案内され、そのまま診察が始まった 「ああ、結膜炎ですね。症状は軽いので、目薬で治せますよ」 「ああ、よかった。ありがとうございます」 獣医師は猫を見ながらそう言った 診察台に乗せられた猫は、首根を捕まれじっとしている 猫は餌を食べ元気を取り戻したのか、最後はケージに入れられまいと暴れていたが、獣医の華麗な手捌きで軽々ケージに入れられた 連れてくる時はあんなに苦労したのに、こんな簡単に入れられるとは、あの獣医の腕は本物だ 予防注射などのついでに、爪切りなども済ませたので、今後は昨日のように血は出ないだろう それでも引っかかれたら痛いし跡もつくことは変わらないのだが それにしても、勢いのまま案内されたが、診察室にいた獣医師にも、後でお礼を言われた なんでも、この病院では保護猫活動にも力を入れているようで、彼らは晶の行動に敬意を払ってくれた お代を安くすると言われたが、申し訳なく思って、最終的に晶は適正価格を払うことができた 久しぶりに人に感謝されたので、それだけでも晶は嬉しかったのだ それにしても世の中あんなに優しい人達がいるのだと、とても心温まる 晶はケージの中で暴れる猫を抱えながら、駐車場に止まっていた車に歩いた 「すみません、待ってもらって」 「おかえり。どうだった?」 「特に病気もなく元気みたいです」 「そう!よかったね」 運転は宮本さんに頼んだ 晶も免許を取れるのだが、どうしてもあの事故のことを思い出してしまい、自分の運転には自信がない 幸いにも都会は電車やタクシーと、通行手段は豊富なので今の所大丈夫だが、こう言う時は車が欲しいと思う 宮本さんに申し訳なくて、免許を取る話をしたが、宮本さんは 「いつでも呼んで。無理しなくてもいいから」 そう言われて、その言葉に甘えさせて貰っている でも最近は車に乗っても恐怖心は薄れてきたため、今度こそ免許を取るのもいいかもしれない 「猫、飼えばいいのに。セラピーキャット」 「それが…奏斗が嫌がるんですよ。理由はよくわからないんですけど」 「そうなの?うーん…動物が嫌いなイメージはないけど」 宮本は当初の晶のように首を傾げた やはり晶同様、奏斗の嫌がる理由がわからないらしい 「それで、どうですか?猫」 「そうだねぇ、俺も一人暮らしだし飼ってもいいかも」 そうして猫の貰い手はトントン拍子で決まった 猫用品はすでに晶宅にあるので、一度晶の部屋に取りに行くことになった 晶と奏斗の家は、変わらず宮本さんと同じマンションなので、行き来が楽だ もちろん引っ越すことも考えたが、奏斗と晶を宮本さんの監視下に起きたいために却下された 晶もよく宮本さんに世話になるのでやりやすくはある 「ついでにコーヒーでも飲みますか?」 「ありがとう。お邪魔します」 晶は宮本を招き入れると、彼は行儀良く靴を揃えて上がった リビングに向かうと、いつものソファでくつろぐ奏斗の姿があった 「奏斗くん、こんにちは。少し邪魔するね」 「………」 宮本さんは明るく奏斗に挨拶するが、奏斗はと言うと、チラリと見ただけで返事は返さない さらに、奏斗は一緒に居たくないと言わんばかりに、手に持っていた本を閉じると、自室へと戻って行った 「うーん、いつも通り避けられるな」 「俺といる時もあんな感じですから、まあ、気にしないで」 この会話もお決まりで、宮本さんが来ると奏斗はいつも、自室にこもる 前までは宮本さんの前でもソファでくつろいでいたのに、ある時突然、あんな態度をとるようになったのだ 理由はわからないが、晶とは普通に会話してくれるのに、宮本さんとは一切言葉を交わさないのだ おかげで宮本さんはまだ、奏斗が失声症のままだと勘違いしている 「ずっと奏斗くんの声聞いてないな。寂しいよね」 「まあ、はい」 宮本さんに話してもいいが、なんとなく奏斗に恨まれそうな気がするので、晶もやんわり隠すようになった 宮本さんには心苦しいが、奏斗のタイミングに合わせてやりたいので、いつも心の中で謝っていた 宮本さんはコーヒー片手に猫用品の説明を聞いていた ケージの組み立てやエサの量などを簡単に説明し終わる頃には宮本さんのカップの中身も空になっていた 猫をケージに入れっぱなしも可哀想なので、宮本さんは猫用品を持って早々に帰って行った 以前生き物を飼ったことはあるのかと聞いたら、実家で猫を飼っていたと話してくれた そのところもろもろ経験者のため、少なくとも晶よりは詳しいだろうと、信用して猫を託すことにした 宮本さんが部屋を出ていき静寂が訪れる するとリビングの方でガチャ、と扉が開く音がした リビングに向かうと奏斗は部屋から出てきており、先と同様、ソファの上で本を読み始めた 何故こうも宮本を避けるのか、晶には理由がわからないが、彼なりに思うことがあるのだろう 確かに宮本さんは時におせっかい過ぎてたまにウザいが… そんなところが奏斗の気に触れるのだろうか となれば宮本さんには残念だが、諦めてもらうしかないと、晶は常々思っていた 晶は冷蔵庫からジュースを取り出しコップに移すと、ソファでくつろぐ奏斗の前に差し出した 奏斗は何も反応はしないが、そのコップを受け取ると、コクリと一度口付けた 今日は休日なのでゆっくりしよう 買い物などは明日済ませることにし、晶も奏斗の隣に腰掛け、背もたれに頭を預けると目を閉じた 昨日は一睡もしていないため流石に眠い 静かな部屋で、しばらくは奏斗がめくる紙の音だけが響いた とても心地よい空間に、今すぐにでも寝てしまいそうだった 「…ねこ、宮本さんが飼うの」 「うん?そうだよ…」 徐に奏斗に問われ、晶は寝ぼけ眼でそう答えた 晶はそれ以降何も言わなかったが、今度は晶の頭の中にある疑問が浮かんだ なぜ奏斗は猫を飼うことを渋ったのか 奏斗は動物は嫌いじゃない 野良猫を撫でているところを見たことがあるので、むしろ好きなのだと思っていたが、そうじゃないのだろうか 普段なら自分からはあまり聞かないが、寝ぼけていたため、頭に過った疑問をそのまま口にしていた 「…かなとは、猫かいたくないの…?」 「………」 目を瞑っていたため奏斗の姿は見えないが、紙をめくる音が止んだのがわかった 奏斗は一度ため息を吐いた 晶はきっと答えてはくれないだろうと、半ば諦めていた時、不意に奏斗はボソりと呟いた 「……取られたくないから……」 「…ぅん?ごめん…もういっかいいってくれる?」 「こんなところで、寝るな」 「うぐっ、ごめん」 半分眠りかけていた時に呟かれたため、晶は奏斗の言葉をうまく聞き取れなかった 無理矢理浮上させた頭で、腑抜けた声で奏斗にもう一度言ってもらうよう頼んだが、奏斗は答えてくれなかった さらに晶の寝ぼけ顔が気に障ったのか、奏斗は足でグイッと晶の肩を押したのだ 体がぐらりと傾き、少しばかり目が覚める おっと、危ない、寝てしまうところだった こんなところで寝るのは行儀が悪いし、奏斗の邪魔にだってなる 晶はフラフラと立ち上がって自分の寝室へ向かった 「少し寝るよ…何かあったら、起こしてね」 「………」 晶は奏斗にそれだけ残して寝室の中へと入っていった 奏斗は何も言わずにその様子をじっと見ていたが、晶がいなくなってしばらく経つと、今度は本をパタリと閉じた 奏斗はゴロリとソファに寝転がる 足は伸ばせないが、少し折り畳めば収まる程度だった 窓際から日差しが伸びて、奏斗を暖かく包む 今の時間帯はちょうど日向ぼっこに最適な時間だ 先ほど晶に、こんなところで、と言ったくせに、自分は堂々とソファで眠るのだ ここでは何をしても怒られないし、誰も邪魔はしない 陽に照らされグラスに当たると、ジュースに入った氷がカランを音を鳴らす それ以外音はなく、その場は再び静寂に包まれた

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