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後日談

「ただいま…」 晶は仕事から帰ってくると、必ず私服に着替えるために自室に向かう リビングを横切った時に奏斗の姿が見えず、また部屋にこもっているのかと思いその場は気にしなかったが、自室の扉を開けたとき、奏斗の姿を見つけた 「…っ!、またこんなところに…」 「………」 部屋に入ると奏斗が晶のベッドに寝そべっていた 暗い部屋の中、横向きでスマホを開いており、青白い光が部屋に広がっていた 時々こうやって晶の部屋でくつろいでいるが、明かりをつけずにいることが多いので、たまに気付かず驚いてしまう 心臓に悪い 「電気つけるよ?」 「んっ…」 パチっと部屋の明かりをつけると奏斗は目を細め、鬱陶しそうに毛布を被る その中でもスマホをいじっているようで、もぞもぞと中で動いていた 「目、悪くなるよ…」 晶は毛布をめくると、奏斗にそう言った 奏斗はまた眩しそうに目を細め、しぶしぶとスマホを閉じた どうやら眩しさよりもスマホを止めることを選んだらしい 晶は満足そうに毛布を戻すと、着替え始める 毛布の隙間から視線を感じたが、気づいていないふりをした 「ご飯できたよ」 「ん…ふぁ、ぅ…」 支度が終わり、晶の部屋にいる奏斗を呼ぶと、いつの間にか寝てしまっていたらしく、ベットから這い出て軽く伸びをしていた しばらくしてフラフラと部屋から出てきた奏斗を椅子に座らせると、もそもそと目の前の食事を食べ始めた 以前と比べると食べる量もだいぶ増え、置いておけば勝手に食べるようにはなった その分いくらか晶も楽なのだが、やはりどこかしら寂しい気持ちはあった そんなこと奏斗には悟られないように、晶も平然と食事する 喜ばしいのは、奏斗とこうやって一緒に食事ができていることだ これだけは以前に勝った嬉しさがあった 「そういえば、何か欲しいものある?いつも部屋にいたら退屈だろうし、新しい本とか、新作のゲームとか」 「…なに、急に」 「えっと、誕生日、近いでしょ?前は俺が選んでたのをあげてたけど…どうせなら奏斗の欲しいもの、何かないかなって」 晶はオロオロと奏斗に聞くが、奏斗は眉を顰めて一点を見つめ始める 「…ない」 「そっか…」 どうやら欲しいものを探していたらしいが思い当たるものはないらしい それもそのはず、奏斗に必要なものは晶が常日頃から用意している 新作の本が出たなら初日に買いに行くし、奏斗に必要がありそうなものは片っ端から集めているので、奏斗はなんの不便もなく暮らせているわけだが、反対に奏斗が興味を持つことは少ない なかなか奏斗の興味を惹けるようなものが無く、観念して本人に聞くことにしたのだ だが本人もなかなか答えが見つけられないようで、晶は苦笑いで肩をすくめた が、奏斗はふと思い出したように、あ、と声を出した 「うみ、行きたい…」 「海?」 ____________________________________ 『旅行?また急だね』 「まぁ、そうですね」 晶はスマホを肩で支えて耳につけながら、パソコンを開いていた 画面に映るのは海の近くに建つ旅館のサイトだった マウスでその画面をスクロールしていると、電話の相手、宮本が心配そうに言ってきた 『車出そうか?』 「いえ、新幹線で行こうかと…遠いですし」 『新幹線?…奏斗くん大丈夫なのかな』 「人が少ない時間帯に乗ろうと思ってます」 『心配だなぁ、ま、君が決めたことにどうこう言っちゃいけないよね』 宮本はふぅ、と息をついて、気をつけてね、とだけ言って電話を切った 前までは絶対に許してもらえなかっただろうが、今ではそんなに口うるさく言われることは無くなった あの日、晶が高熱を出して宮本と真剣に話し合ってから、宮本は2人から一線引くようになった もちろんいつも気にかけてくれているのは変わらないが、過干渉ということはなくなった あの人も、きっと不安だったのだろう 未だ不服そうにすることはあるが、晶の決定したことに反対しなくなったことはありがたい それでいて間違えたことがあれば指摘してくれる、今ではよき理解者だ 「…あの人、なんて」 「ん?ああ、行っていいよだって。お土産買ってあげないとね」 隣で話を聞いていた奏斗に、晶は了承を得たことを伝えると、再びパソコンの画面に視線を移した 今回の奏斗の誕生日は海に行くということで、どうせなら旅館などでゆっくりしようと話してみると、意外にも奏斗は頷いた 奏斗は嫌がると思っていたが、本人も久々の外出が楽しみなようだった 今まで外に興味がなかった奏斗が、珍しく自ら外に出ようという意思を見せていて、晶はそれはもう嬉しい限りだった せっかくだからと奮発して、奏斗のために海に近い旅館を探しているわけだ 予定しているのは2泊3日と短くも長くも無い期間に設定した 電車や新幹線は混雑すると奏斗が心配なので、平日の昼間に乗り、到着は夕方ちょっと前辺りを予定している 無理のない範囲で、ゆるく遊んで帰るつもりだ 休暇も取り、旅館も予約し、準備は万端だ 「楽しみだね?」 「……ん…」 奏斗に問うと、彼は小さく頷いた その横顔はどこかいつもより柔らかい雰囲気だった ____________________________________ 「準備できた?」 「…ん…」 晶は玄関で靴を履いた奏斗に問う もちろん奏斗の準備も万全だ 必要なものは全てキャリーケースの中に敷き詰めた 晶が聞いたのは荷物ではなく"心"の準備だ ここ数年ほとんど引き篭もっていた奏斗にとって外の世界は刺激が強すぎる 人も、音も、匂いも、全てが奏斗を悩ませるだろう それでも外に出たいという奏斗の気持ちを、晶は無下にはしたくない この旅行が、彼にとって楽しいものにするためには、細心の注意が必要だった 奏斗は晶に答えるように小さく頷くが、手元はやはり震えていた 晶はそっと、奏斗の手を握る いつもは振り払われるその手を、奏斗はきゅっと力弱く握り返した 「…行こっか」 晶は奏斗の手を引いて外に出る 眩しい光が一瞬玄関を照らしたが、奏斗は目を背けるように目ぶかにキャップを被った 「きもちわるい…」 「大丈夫?少し休憩しようか」 駅構内を歩いていると、だんだんと奏斗の歩みが遅くなる ついに引かれていた晶の手を離して立ち止まってしまった 新幹線の発車までまだ時間はある 晶は奏斗の背を支えて、2人で壁際に寄った 平日の昼間でも都心に近ければ人も多い 初っ端から人酔いさせてしまったことに、晶は申し訳なさを感じながら水を差し出した 奏斗は受け取った だが飲もうとはしない 奏斗の視線は、左右に揺れていた 右へ左へ流れる人を1人1人目で追ってしまい、目が回るとわかっているのにやめられない 慌てて走る人、大声で電話する人、集団の観光客。 全てが奏斗の神経をすり減らしていく それに気づいた晶は、ペットボトルの蓋を開けてやると、それに意識を向けるよう催促した 「飲みな。ごめんね、歩くの早かったよな」 「ぅ、ん…」 奏斗の意識が水に移り、思い出したかのように飲み始める奏斗の背を撫でながら、晶は思い返す やはりやめた方がよかっただろうか まだ間に合う たとえ今帰っても仕方ないことだ 連れ回した罪悪感から、晶は奏斗に目線を合わせて言った 「….帰ろうか?」 「…行く」 晶の問いにふるふると首を振ると、ボトルの蓋を閉めて晶に突き返した 奏斗はまた目ぶかにキャップを被り、人混みに意識が向かないようにする そして晶の手を取ると、連れて行け、と軽く握るのだ 「わかった。ゆっくり行こう」 晶は奏斗の手を離さないよう、強く握って改札をくぐった そこからホームまでそれほど距離はなかったためすぐについた しばらく待てば新幹線が止まって、なんとか指定された席に座ることができた 「窓際でいい?」 「ん」 奏斗を窓際に座らせ、晶は通路側に座る ここまで長かったが、しばらくは座っているだけなので、奏斗も少しは休憩ができるだろうか 「2時間くらいかかるけど、具合悪くなったら言って」 「ん」 奏斗の体調は改善したようで 先とは打って変わってご機嫌な様子で目を輝かせていた 「新幹線初めて?」 「親父が…遠出はできなかったから…優也がいつか海行こうって、話してた」 奏斗の言葉に息を呑む 晶はどこか遠い目で、思い返すように耽っていた 海に行きたがっていた理由を知ってしまった今、晶はなんと言えばいいのかわからなくなってしまった 「そっか…」 たった一言、それだけ残して奏斗から目を逸らす 奏斗はとくに気にしてなさそうな顔をして窓に目を向けると「あっ」と声を漏らした すると見計らったように車体はシューっと音を出しながら前進した 晶は窓の外をまじまじと見つめていた 子供のようにはしゃいだりはしないが、その目はどこか幼なげで、流れる景色を懸命に目で追っていた かわいい… 晶は緩む口元を押さえながら、奏斗の姿を見つめ続けた しばらくすると、人混みに疲れてしまったのか、奏斗は眠ってしまった 壁際に頭をよっかけていたので、枕代わりにブランケットを折りたたんで隙間に入れてやると、気に入ったのか心地良さそうに寝始めた 激しい揺れもなく、問題なく目的地に着く少し手前ほどで、奏斗を起こす 気持ちよさそうに寝ているところを起こすのは心痛いが、軽く肩を叩いてやる 「奏斗、もう着くよ」 「ん、ぅ…」 しぱしぱと目を擦る様は猫のようで可愛らしい ついに目的の駅に着くと、来た時同様、奏斗の手を引いて駅を出た さっそく向かうは最大の目的である海辺だ 「歩ける?タクシーとか、バスもあるけど…」 「やだ」 「そうだよね、歩こうか」 海辺までは歩いて20分ほど 遠くもなく、近くもない距離だが、荷物は駅に置いて行くので、散歩と考えれば歩くのも悪くないだろう 出発は昼を過ぎたあたりだったので、陽は傾き始めていた 普通ならちらほらと家へ帰る人が多くなる時間だが、なんせ晶たちには時間がある ゆっくりのんびりと海辺までの距離を歩いた 「ここを曲がればもう着くよ」 「あ、すな」 晶の言葉に反応するように奏斗は下に目をやる 2人の足元には白い砂がアスファルトを侵食していた 見ると生い茂った木々の坂道で、白い砂が続いていた それを見た奏斗は引き寄せられるように、砂の道を辿る 晶もそれに続いて後を歩いた 履いていたサンダルに砂が入る 細かな砂が撫でるように足の間を通っていく感覚に心地良さを覚えた 靴で来なくて正解だった ここまで細かい砂だと、靴の中に入り込んで汚れていただろう 2人ともサンダルを履いてきていてよかった、と晶は思った だが、歩いている途中でサンダルが、ぽん、ぽんと道に脱ぎ捨てられているのを見つける どうやら奏斗はもう裸足になったらしい 砂の感覚を確かめるように、足先で遊んでいた 「石を踏まないようにね」 「ん」 サンダルを回収しながら言うと、奏斗は聞いているのかいないのか、短い返事を残して奥に進んでいく 晶も慌ててそれを追いかけると、目の前にいっそうひらけた場所が現れた 「…あった」 「待って奏斗…あ…」 奏斗の後を追ってひらけた場所まで行くと、そこには夕日に照らされてオレンジ色に染まる、広い海が広がっていた 晶は海に来るのは初めてではない だが奏斗は違う 水平線まで続く海を見て、まるで心を奪われたように固まっていた 塩の匂いも、波の音も初めてだろう 息が詰まるような都会の喧騒から、いっきに切り離されたような不思議な気持ちだ 「行ってみる?」 「…うん」 固まる奏斗の手を引いて、波が上がる場所まで降りる ざぁー、という音が大きくなり、視界もひらける 浜を登り、またさざんで戻っていく波を、奏斗は追いかけるように水に足を入れた 「冷たい」 「まだ、泳ぐには寒い時期だからね。服、濡らさないようにな」 「ん」 奏斗は膝上までのハーフパンツを手繰り上げて、ちゃぷちゃぷと奥へ入って行く 膝下までの深さまで行くと立ち止まって俯き、波が足の間を流る様をしばらくじっと眺めていた ちょうど日が沈みかけで、キラキラと光を反射する波の中にいる奏斗は、子供のように、純粋に楽しんでいるようだった 晶もサンダルを脱ぐと、遅れて奏斗の隣に立つ 少し冷たいくらいの心地いい水温が、歩いて熱った体には適温だった 日が沈む様子を、2人で並んで見た お互い会話はないが、その分景色に集中しているようだ いろいろ苦労はあったが、連れてきてよかった ふと、奏斗の横顔を盗み見る 部屋にいた頃とは違い、淀んだ瞳は少年のように、澄んだ瞳に変わっていた 晶は夕日そっちのけで、奏斗の横顔を凝視する こんな顔をしている奏斗を見たのは初めてだった 初めて会った時でさえ、まるで人形のように生気のない顔していたのに、今はただの、少年のように感じた 晶の中で次々と、奏斗の人物像が書き換えられていく 優也といた頃の彼は、こんな表情をしただろうか 「寒い」 「…あ、ああ、あがろうか。タオルあるよ」 「いい…歩く」 奏斗に声をかけられて、我に帰る 満潮時なのか、膝下までだった波が、膝上まで迫っていた 辺りはうすら暗い 2人は水からあがると、体を温めるべく運動がてら波打ち際を歩き始めた 「寒くない?」 「ん。あ、かいがら」 奏斗は道すがら綺麗な貝殻をひとしきり集めた 持って帰るつもりか、砂だらけの貝を波で洗ってポッケに入れていた 「奏斗、見て。星だ」 「…あ」 下ばかり見ている奏斗に上を向くように言ってやる そこには満天の星空がいっぱいに広がっていた ここは街から少し離れて街灯がほぼないため今は真っ暗だ 都会とは違って灯りがないここではハッキリ見える天の川も、奏斗は初めてだろう 固まった奏斗の首を痛める前に、2人はその場に座りこんだ 星を見ている時の奏斗の瞳は、先と同様輝いていた いつも眠た気で下がった瞼は引き上がり、伏せられていた長いまつ毛がパッとあがる 瞬きすら忘れたその瞳には、美しい天の光が写っていた やはり晶は奏斗しか見えなくなってしまった 「………」 彼今、何を考えているだろうか 彼が抱える苦しみや痛みから、この瞬間だけでも、解放されることはできただろうか そうだといいと、晶は思った 奏斗は何かに怯えるように毎日をただじっと過ごして、瞳は濁ったまま伏せられる。 何にも興味を持てず、人間味のない生活を、息を潜めて、ずっと。 このままではいけないと 何かしてやりたかった でも何もしてやれなかった どうしても。奏斗の心に棲み着いた苦しみから、彼を逃すことはなかなか難しいことだった それでも晶は決して、諦めることはない 今も今までも、奏斗を1番に思う気持ちに変わりはないのだ 「奏斗」 「…?」 「渡したいものがある。言いたいことも…」 星を見ていた瞳が、ふと、晶に向けられる そして、その視線は晶の手のひらに移る いつか返そうと、ずっと大切に持っていた また奏斗が必要とする時が来るはずだと、寂しい思いをさせないようにと。 「これ…」 「…謝りたかったんだ、ちゃんと。勝手なことしてごめん。奏斗の気持ちを考えないで、揶揄ったりして…傷つけてごめん」 「………」 晶の手には、いつかの小さなクマのぬいぐるみがちょこんと乗っていた あの日、晶が奏斗の部屋から勝手に取り出りだしたものだ かつて奏斗はこのぬいぐるみを大事にしていたが、晶に取られた瞬間、ぬいぐるみを受け取ることを拒否したのだった ぬいぐるみは何一つ変わったところはない 汚れもほつれもない。 数年経つが、奏斗が晶の手からはたき落としたあの時のままの姿で、晶がそれほど丁寧に保管していたかわかる 晶はそれを手に、ぽつりぽつりと思いを語る 晶の行動がどれほど奏斗に影響を与えたかはわからない だが、奏斗を傷つけたのは偽りのない事実だ 関係あるないに限らず、奏斗に伝えなければいけない このぬいぐるみは必ず奏斗の手にあるべきなのだ 「………」 奏斗は晶の言葉をぼーっと聞いていた 怒ることも、泣くこともせず、何かを思い出しているかのように、ぬいぐるみを眺めていた 晶は奏斗が喋り出すのを待った この謝罪で許してもらおうなどと思っていないが、反応がないとやはり焦る ざあ、ざあ、と波の音が聞こえる中、奏斗と晶の沈黙はしばらく続いた 先に口を開いたのは奏斗だった 「…まだ、あったんだ」 「うん、大事に持ってた。奏斗に返すために」 ふと、奏斗は晶の手からぬいぐるみをつまみ取った あの時のように拒絶されたらどうしようかと思ったが、今回は受け入れてくれたことに、晶はほっと息をついた 奏斗は星の明かりに照らすように、ぬいぐるみを上に掲げた 懐かしむように、愛おしそうに。 「コレ、母さんが俺を捨てた時に、拾ったんだ」 「…え…」 「ぼろぼろで、汚い。おんなじ公園に捨てられてたコレが、俺に似てたから、持って帰った」 奏斗はゆっくりと言葉を紡いだ 記憶を手繰り寄せるように、何度も言葉を詰まらせながら、まるで独り言のように、小さな声で。 だが晶は一言も聞き逃さない 波に消されてしまいそうな奏斗の声に、全ての神経を集中させた 「あんたが綺麗に直した時、もういらないって思った。汚れた俺とは違うから。もう似てないから、どうでもよくなった」 「………」 奏斗の言葉を聞いて晶は息を呑んだ 奏斗はぬいぐるみが好きだったわけではない 自分と同じ境遇にいたぬいぐるみに籠った、思い出を大事にしていたのだ 晶がそれをぐちゃぐちゃにした よかれと思った行動が、奏斗の大切な記憶に土足で入り、踏み荒らしたようなものだ 今更自分の犯した罪の重さを知り、心臓がグッと締め付けられた 「コレが母さんとの、最後の思い出だった」 「…ごめんなさい、俺…おれは…」 「別に、もういい。どうでもいい。あんな母親、忘れた方がいい…」 思わず晶は謝罪の言葉を口にするが、奏斗はそれを遮るように言った 心底興味が無さそうに、奏斗は握ったぬいぐるみを手の中で転がした 「ただ…捨てられたって、認めたくなかっただけ」 「奏斗…」 奏斗はゆっくり瞬きをした その仕草さえも、憂いて見えた 彼の言葉が、晶の後悔を募らせる まだ子供だった晶の浅はかな行動は、奏斗の世界を確実に蝕んでいたのだと わかってはいたが、どこか逃げを感じたかったのかもしれない だが奏斗は怒りもせず、淡々と話すだけで、晶を責めもしない それがまた自分の甘えを明らかにするようで、晶は口を引き結んだ 「寒い。もう行こ」 「…ズっ、ああ、ごめんっ、ふぅっ…」 「…なんであんたが泣いてんの」 いつのまにか晶の目には水が張っていた 理由は初めて聞いた奏斗の過去の境遇に酷く衝撃を受けたとか、自分の情けなさがよりいっそう染みたとか、様々な感情が入り混じっての惨状だった 流れる前にゴシゴシと指の腹で拭うが、奏斗は呆れたように、ため息を吐いた 若干引き気味である 「ごめん、嫌だよなこんな…うん、行こう。風邪を引く前に」 晶はすんすんと鼻を鳴らしながらも、奏斗の手を引き海辺を離れた その間、奏斗はずっと怪訝そうな顔をしていたが、何も言うことはなかった 辺りは暗く、街灯なんて一つもない でも2人は迷うことなどないだろう 夜空に浮かぶ何億ともある星が、彼らの道を照らすのだから

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