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十四、約束

 一人で寺へ戻った千珠は、離へと脚を向けた。  ひっそりと静まり返った昼下がりの寺には、どことなく秋の訪れを感じさせる爽やかな風が、少しもの寂しげに吹いている。  いつもの部屋の襖をすっと開けると、中には誰もいない。ふと床の間目をやると、新しい花が活けてあることに気付く。千珠はあたりを見回した。  庭へ出て、木蓮の大木を見上げる。  花音が駆けてくる足音が聞こえてきた。 「千珠さま!おかえりなさい!」  千珠の姿を見つけて顔を輝かせながら、花音が駆け寄りざまに抱きついてくる。  その小さな身体を受け止め、腹のあたりに押し付けられる花音の頭に手を置いていると、その温もりに気が緩みそうになってくる。千珠は花音の両肩に手を置いて、振り切るようにその身を離した。 「……知っているか?」 「何を?」 「戦が始まる。出立は夕刻だ」  花音を見つめ、千珠は淡々とそう言った。花音は急に表情をなくし、静かになる。 「……千珠さまも行くの?」 「当たり前だろ」 「でも、すぐ帰ってくるよね」  花音が努めて明るくそう言っていることに気づく。顔は笑っているが、目は悲しみを湛えて暗い色をしていた。 「ああ、俺がいるんだ。戦なんてすぐ終わる」  千珠も努めて、軽い口調でそう言った。花音はぎゅっと千珠に抱きつくと、涙声で言った。 「約束だよ。絶対、すぐに帰ってきてね」  千珠は少し戸惑ったが、花音の背にそっと手を添えた。そして、頷く。 「ああ……約束だ」

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