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十五、出立

  「さて、日暮れだ。出立しよう」  居並ぶ兵たちよりも一段高い場所に腰掛けていた光政が、よく響く声でそう言って立ち上がると、そこにいる者たちが鎧を鳴らしてそれに倣った。  前列に控えている兵士たちは皆鎧兜を身につけ、落ち着いた表情で光政を見上げている。年若い者、壮年の者、あるいは初老のものまでがそこに顔を並べる。それほどまでに、此度の戦には頭数が必要であるのだ。  事実、農村や漁村、市中からかき集められた足軽兵達を合わせても、青葉軍の兵力は一万にも満たず、鎧武者達の背後に居並ぶ非兵士達の顔は緊張と恐怖に強張り、既にくたびれ果てているようにも見える。  光政はそんな非兵士たちへの申し訳無さや、限りある兵力への心許なさ、そして是が非でも勝利せねばならないという極度の重圧の中、必死で将たる顔を保ってきていた。  しかし、千珠が現れてからは、そんな心のなかの重石が少しばかり軽くなったように感じられている。  頭の片隅にいる冷静なもう一人の自分は、こんな年端もいかない子どもに過度な期待をかけるなど、大人のすることではないと諌めてくるが、現実これから戦に赴くという、静かに昂った武将としての自分は、噂に名高い白珞鬼を手に入れたことを喜んでいる。  それが兵士たちの士気につながればいい。気迫で負ければ、全てが終わりだ。  皆の目線から隠れるように自分の背後に佇んでいる千珠の方へ顔だけ向けると、光政は静かに命じた。 「我々は山道から進む。お前は一足先を行き、偵察に向かえ。なにかあったらすぐ俺に知らせろ」 「分かった」  そう言うなり、千珠の姿はふっと消えた。  皆の前で紹介したいという光政の申し出を頑なに拒否していたため、まだ千珠の姿を見たことのなかった兵も数多いる。そんな中、否応なく目を引いていた千珠がかき消すように消えたことで皆が大いにざわつく。 「皆、見たか?かの有名な、白珞族の千珠である!我らは軍神を得た!!勝利は近いぞ!!」  張りのある通る声が、兵士たちに力強く降り注ぎ、ざわめき顔を見合わせあっていた兵士たちは皆一斉に光政を見上げた。 「白珞族だと?」 「あの伝説の?味方にすれば絶対勝つっていう?」 「たしかにあの異形の姿、人ではなかったな。本物か」 「すごい!すごいぞ!」  今までとは違う、熱のこもった声が漣のように兵士たちの間を駆け巡り、そこここから威勢のいい鬨の声が上がり始めた。それは大きなうねりとなって、皆が一丸にまとまっていく動きを、確かに感じさせた。 「進むぞ!決戦の地、大和へ!!」 「応!!」  士気が高まり、不安げに強張った表情を見せていた者達の表情が緩むのを見届けると、光政は満足気に石段から降りた。  しかし、そこに唯輝のつまらなそうな顔を見つけて、一気に気分が冷えていく。 「あの子鬼、役に立ちますかな」 と、唯輝が馬の方へと進む光政に付き従いながら、小声でそんなことを言った。 「活かすも殺すも、我々次第」  光政はその目を見返して強く言い放つ。 「ふん、楽しみですな」  唯輝は目を細めて鼻を鳴らすと、さっさと自分の馬を引き、行ってしまった。  光政は家臣たちの手前であるため、舌打ちしたい気分を何とか抑える。忠輝を睨む代わりに空を睨むと、茜色に染まった空高くに、一羽の鳶が悠々と飛んでいる。  その姿に、ふと千珠の姿が重なる。  千珠の落ち着き払った美しさを想うと、何故だかささくれ立った心が凪いでいく。その心には既に、千珠を想う気持ちが根付き始めていることを、光政はまだ気づいてはいない。

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